先日、ある大手企業向けに「なぜ総合商社は利益を上げているのか~効果的な働き方とは~」をテーマに講演する機会を頂きました。 私自身は総合商社出身なので、投資に対する考え方についてあまり意識をしていなかったのですが、改めて棚卸をしてみました。
事業価値とは何か?
総合商社では、ずいぶん前(少なくとも私が三菱商事に入社する2005年よりずっと前)から、投資意思決定は「事業価値」という考え方で行ってきました。
「事業価値」とは、平たく言えば、「事業が開始して終了するまでに、いくらのキャッシュ(現金)が稼げるか?」ということです。
(※その価値を計算するためには、割引現在価値という考え方を使います。これも、平たく言えば「今の100万円を(例えば10%の利回りで)投資運用すると、1年後には110万円になる。ということは、1年後110万円は、現在価値に換算すると、100万円に割り引かれる」というもの。)
「当たり前」と思われるかもしれませんが、商社を離れて様々な会社を見ると、現実の投資意思決定は、短期的な(会計上の)損益で決めていることが多いです。
例えば、
「1億円を投資し、最初の4年間は毎年10百万円の赤字、ようやく5年後にトントン」という投資を考えたとき、サラリーマンであれば一般的に「自分の任期のうちに利益を出したい」との動機付けが働くので、「この投資案は否決」とまります。でも、5年後から継続的に毎年20百万円の利益を上げ続ける」としたら、どうでしょうか。割引現在価値(割引率をとりあえず6%で仮置き)で事業価値を計算すると、事業価値は約2億円となり、投資金額の1億円を上回るので、「この投資は行うべき」となります。
「割引率をどう設定するのか?」「毎年いくら稼げるのか?」など、事業価値を正確に計算することは極めて難しいのですが、重要なのはそのようなテクニカルな話ではなく、本質的に「その事業って、長期的に見て儲かるの?面白いの?会社、お客様、社会に意味あるの?」と、目線を事業そのものの価値に置くことだ思います。
成長する組織の原則
では、PL(損益)意思決定が主流だった日本において、なぜ総合商社が「事業価値」で意思決定することができたのでしょうか。その答えを急ぐ前に、まずは「成長する組織」が持っている普遍的な原則についてお話したいと思います。
業務について、縦軸に重要度、横軸に緊急度 を取ってマトリクスを作ると、4象限に分けられます。
①重要度が高く、緊急度も高い
成果に直結する重要顧客との折衝、クレーム対応、契約書作成など
②重要度が低いが、緊急度が高い
無駄な社内会議や報告など
③重要度は高いが、緊急度は低い
成果に直結しない長期的な戦略策定、重要顧客との関係構築など
④重要度も緊急度も低い
無駄話、仕事中にさぼって動画を見るなど
①~④の中で、まず削減しないといけないのが②です。④も極力少ない方が好ましいですが、④は社員には負担がかからないので、ある意味害悪は少ないのです。
一方で、②は、重要度は低いくせに、社員の負荷が高くなり、疲弊する原因になります。そして、意識的に時間を作らないといけないのが、③になります。
①と②だけに注力する組織は、長期的には疲弊して衰退していきます。
ガチョウを利益の源泉、卵を成果と例えるならば、①はガチョウの卵だと思ってください。ひたすらガチョウに卵を産ませては、いずれガチョウはやせ細って死んでしまいます。
従って、③にも意図的に時間を使い、ガチョウを育てたり、また新たなガチョウをどこからか見つけてくる必要があるのです。皆さんの組織は、③にしっかり時間を使えているでしょうか。
「損益」と「事業価値」との考え方で捉えると、①の卵(成果)を重視する考え方が「損益」型の思考、③のガチョウ(成果の源)を重視する考えが「事業価値」型の思考と言えるでしょう。
なぜ総合商社は「事業価値」で意思決定できたのか?
以上を踏まえて、なぜ総合商社は「事業価値」型の思考を取れたのでしょうか。それは、総合商社が歩んできた歴史と関係があります。
総合商社で最も古い会社は三井物産で、政治家の井上薫が設立した「先収会社」がその前身になります。
明治維新の富国強兵の中で、原料を輸入し、そして機械や繊維等の製品を海外に輸出する窓口として、総合商社は機能しました。
余談ですが、三菱商事は英語で「Mitsubishi Corporation」と言います。その他の総合商社も英語は「Corporation」や「Co.Ltd」であって、商社から想像される「Trading Company」ではありません。
私が三菱商事で海外駐在していた際に外国人の取引先に「Mitsubishi Corporation」というと、三菱グループの統括会社みたいに思われてしまって、総合商社とは何かを説明するのに大変だったことを思い出しますが、これは総合商社が三菱や三井などの看板を代表して国外とのやり取りを担っていたからなのです。
かつての総合商社は、日本と海外との輸出入の仲介口銭や、「商社金融」と言って、まだ日本企業に財務的な体力がなかった時に、銀行に代わって原料の代金を先払いして金利手数料を貰う(そして、その見返りに商社を通して原料を輸入する)ビジネスが主流でした。
しかし、時が経ち、日本企業も財務的な体力をつけ、自分で海外の会社とやり取りができるようになっていくと、「商社不要論」が叫ばれるようになり、バブル崩壊と相まって、「商社冬の時代」が始まります。
十大商社の一角だった兼松豪商が実質倒産に追い込まれたり、日商岩井とニチメンが統合するなど、厳しい時代の中で総合商社の統合が進んだのもこの時代です。
そのような厳しい時代において、総合商社は既に「③重要だが緊急ではない」で育てるべきガチョウがもはややせ細ってしまって、かつ太らせるだけの未来も描けなかったのです。
その中で、総合商社が選んだのは、既存の仲介口銭や商社金融からの脱却で、新たなガチョウを見つけることでした。
とはいえ、今までのビジネスと全く関係のない領域に踏み込む多角化経営では勝ち筋は見えません。商社は、それまで日本に輸入するために少数持ち分として持っていた油田や炭鉱などの持ち分を買い増しして、資源サプライヤーの領域に踏み出していったり、それまで築いたネットワークの中で有望なビジネスに投資をし、人を出して経営していく事業投資の道を選んだのです。
この時に、短期的な「損益」型思考では、そもそも有望な投資先など見つけられません。そこで、「事業価値」という考え方が、総合商社の投資意思決定の土台となっていきました。
つまり、総合商社が「事業価値」という考え方に行きついたのは、ガチョウがやせ細って先が見えない結果とも言えるでしょう。
ファイナンス教育の必要性
日本の企業が強かった時は、このような事業価値の考え方により、長期的な目線で投資意思決定が出来ていたのではないでしょうか。かつて私がまだ社会人になったばかりのころ「アメリカは四半期決算に追われて短期的な損益思考に陥っている」等と言われたものでした。
そのアメリカが復活したのは、日本の成功要因を徹底的に研究し、短期的な損益思考を脱して、かつての日本企業がそうであったような事業価値志向になったからではないでしょうか。例えば、Amazonは創業から2000年代初めまで(損益では)赤字だった)ことは有名な話です。
今私は企業研修や人材育成コンサルを行っていますが、この「長期的な観点から事業の全体像を俯瞰する」という考え方が希薄な社員が多くなっているように感じます。
以上のお話はいわゆる「ファイナンス」と呼ばれる領域ですが、難しいテクニカルな話ではなく、本質的な「ファイナンス」論は、経営者だけでなく、社員も含めて理解しておく必要があると思います。
当社では、長期的な目線で事業そのものの価値を考えることのできる次世代リーダー育成プログラムを提供しております。
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