「心理的安全性」が世間の注目を集めるようになって、しばらく経ちます。この「心理的安全性」という概念ですが、その意味については若干誤解されていたり、バズワードで何となく曖昧なまま使われていたりすることが多いと感じております。
しかし、現代の組織開発において、かなり重要な示唆を含んでいる概念になりますので、この機会に「心理的安全性」の意味、目的、そして「心理的安全性」を高めるための施策について、簡単にまとめたいと思います。
心理的安全性とは?
心理的安全性とは、チームメンバーや組織の中で自分の意見やフィードバック、質問、懸念、エラーや失敗をオープンに表現することができる状態を指します。
心理的安全性は、時として「心理的安全性が高い=メンバーが自分勝手に自己主張をする組織」「上司が厳しいことを言えないヌルい組織」のように誤解をされている言葉のように感じます。
本当の意味での「心理的安全性が高い組織」とは、そのようなヌルイ組織ではなく、むしろ、メンバー一人一人が自分の頭で考えて発言し、そして責任をもって行動する強いプロ意識を持った組織になります。
「心理的安全性」という概念を世に広めたのは、ハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソンで、彼女がこの概念を発見したのは、博士論文の執筆中でした。
彼女は病院で起こるミスとチームワークの関係を研究していました。当初、彼女はチームワークが良いチームほどミスが少ないという結果が出ると予想していました。
ところが、実際には「チームワークがよい」と回答したチームほど、エラーが多く見られたのです。
その後追跡調査を行うと、チームワークの良いチームほど、軽度なミスの報告は多いものの、深刻なミスの発生確率が少なく、逆にチームワークが悪いチームほど、軽度なミスの報告は少ない一方で、深刻な事故の発生割合が高いことが分かったのです。
即ち、「チームワークが良い」と、ミスを恐れずに報告し、そしてそこからミスの原因をみんなで分析し改善策を取ることで、深刻なミスを防ぐことができる。逆に「チームワークが悪いと、ミスを恐れて報告せず、その結果、深刻なミスが多発するのです。この研究結果から「心理的安全性」という概念が生まれました。
心理的安全性を正しく理解するために、「責任感の強さ」を縦軸、「風通しのよさ」を横軸にして4つの象限を作り、心理的安全性を考えてみましょう。
以下、各象限ごとの状態について詳しく述べます。
①高い責任感 & 悪い風通し=抑圧された責任感
メンバーは成果を出すことに強い焦りやプレッシャーを感じるかもしれません。ミスや失敗に対する罰則が厳しく、意見や懸念をオープンに話すことが難しい環境となります。
②低責任感 & 悪い風通し=抑圧された無関心
メンバー間の不信感や情報の非対称性があり、互いに助け合う文化が育っていません。心理的安全性は4象限の中で最も低く、新しいアイディアや提案が生まれることはありません。
③低い責任感 & 良い風通し=自由だが無責任
メンバー間で言いたいことは言い合っているものの、目標達成や問題解決に対する熱意が低い状態です。それぞれが評論家になっていたり、自分で責任を取る意識がないために、仕事を押し付けるような組織になっています。
④高い責任感&良い風通し=責任感を持って言うべきことを言える
最も理想的な状態で、これこそが「心理的安全性の高い組織」です。メンバーは共同の目的や価値を共有しており、互いの成功をサポートする文化が形成されています。心理的安全性が高く、ミスだけでなく、失敗を恐れずに新しいアイディアや提案を積極的に共有することができています。
要するに、心理的安全性を高めるためには、責任感の強さと風通しのよさのバランスが重要です。両方を高めることで、チームや組織の成果を最大化しつつ、メンバーが安心してコミュニケーションや協力ができる環境を作り上げることができます。
心理的安全性が求められる背景
それでは、なぜ近年になって急速に「心理的安全性」が叫ばれるようになったのでしょうか。「心理的安全性が求められる背景」について、①技術的な変化、②社会的な変化、そして③イノベーションの必要性の3つの観点から説明します。
①技術的な変化
◉ 急速な技術の進化
AIやIoTなどの新技術の導入が進む中、従来のスキルや知識だけでは対応しきれない課題が増えています。このような変化を乗り越えるためには、失敗を恐れずに新しいアプローチを試みることが重要で、それを可能にするのが心理的安全性です。
◉ 情報の透明性
ソーシャルメディアの普及やクラウド技術の進化により、情報が即座に共有される時代となっています。組織内でも、情報の非対称性を無くすためには、心理的安全性が求められます。
②社会的な変化
◉ 多様性の尊重
現代の社会は多様性が重視される時代です。異なる文化、価値観、背景を持つ人々が共存し、協働する環境が増えています。この多様性を活かし、互いの違いを尊重しながら働くためには、心理的安全性が必要です。
◉ ワークスタイルの変化
フレックスタイム、リモートワークなど、多様な働き方が増加しています。これに伴い、従来のコミュニケーション手段だけでは十分ではなく、心理的安全性を保ちながらオープンなコミュニケーションをとることが求められています。
③イノベーションの必要性
◉ 競争の激化
グローバル化が進む中、競争は日々激しさを増しています。これに対抗するためには、革新的なアイディアやソリューションが不可欠です。
◉ 創造的なリスクの取り組み
イノベーションを生み出すためには、新しいアイディアを恐れずに提案し、失敗を経験しながら学び、成長する必要があります。心理的安全性が高い組織では、リスクを取っても失敗しても批判されず、その経験を共有し学び合う文化が根付いています。
総じて、現代の社会やビジネスにおいて、心理的安全性は組織の持続的な成長やイノベーションを生み出すための不可欠な要素となっています。
技術の急速な変化、社会の多様性、そして競争の中での革新的な取り組みを実現するために、組織やチームは心理的安全性を意識的に育成し、深化させる必要があります。
心理的安全性を高める「承認の文化」
では、「心理的安全性の高い組織」を作るために、何が必要でしょうか。たくさんの要素があり、魔法の杖のような施策はありませんが、今回のコラムでは一つだけ、最重要ポイントをお伝えしようと思います。
それは「承認の文化」をいかに醸成するか?です。
「承認」の定義は色々ありますが、私は「他人のあるがままを価値あるものとして尊重・受け入れ、そして、それを言動で表すこと」と定義しています。
前半の「他人のあるがままを価値あるものとして尊重・受け入れ」は、まさに「承認」の意味そのものですが、ここでは後半の「言動で示す」を強調しておきたいと思います。
日本人は「以心伝心」という言葉に代表されるように、相手に伝えることが苦手な国民です。コミュニケーションだけでなく、ビジネスでも、「良い商品を作ればお客様はわかってくれる」と思いがちです。でも、せっかく良い商品を作っても、その良さが伝わらないと、その商品の良さは、世の中には「無かったもの」と一緒なのです。
それと同じで「自分はこんなに相手に感謝している」とどんなに思っていても、それが相手に伝わらなければ、相手にとっては「何も感謝されていない」と一緒なのです。言動にするのはそんなに難しくありません。ただ自分の感謝を「ありがとう」と共に言葉で伝えれば良いだけです。同僚に会ったら、相手の目を見て「おはよう。」と笑顔で挨拶すればよいだけなのです。
チームの中で、この「承認の文化」が広がれば、心理的安全性が間違いなく向上します。
心理的安全性が向上する4つの承認
では、「承認」とは具体的に何なのかを説明します。
「承認」には4つの種類があります。簡単な具体例を挙げます。
①存在承認
「〇〇さん、おはよう!」と相手の名前を呼んで、目を見て笑顔で挨拶する
これは、「存在承認」と呼ばれるものです。「存在承認」は、相手の存在そのものを認めて、それを言動で示すことです。
上の具体例のように、尊敬する先輩や上司から、きちんと名前を呼んでもらって、目を見て笑顔であいさつされたら、なんだか気持ちよく、嬉しくなりますよね。
では、逆はどうでしょうか?
朝会っても、目を合わせなければ挨拶もしない。しかも、仏頂面…。朝から何となく気分悪いですよね。でも、多くの人は、無意識のうちに、このようになっているのです。
②行動承認
飲み会の幹事を引き受けてくれた部下に「〇〇さん、飲み会の幹事を引き受けてくれて、ありがとう!助かるよ!」と笑顔で感謝の言葉を伝える。
これは「行動承認」と呼ばれるものです。その人が取った行動に対して承認します。大事なことは、行動の結果は問わないことです。つまり、その飲み会の幹事としての仕切りが悪くて全く盛り上がらなかったとしても、その結果と行動を切り分けて、「幹事を引き受けてくれた」という行動そのものを承認するのです。
③成長承認
最近お客様に分かりやすく商品の説明ができるようになった新入社員に「〇〇さん、最近のお客さんへの説明、とても分かりやすいよ!成長したね!」と承認する。
これは「成長承認」と言って、成長そのものを承認してあげることです。ここでも大事なことは、その結果は問わないことです。上の具体例だと、商品の説明が分かりやすくできたからと言って、必ずしも契約に結び付いていないかもしれない。でも、その「結果」と「成長」を切り分けて、「成長」そのものを承認してあげるのです。
④成果承認
大きなプロジェクトを無事成功させた部下に「あのプロジェクト、大成功だったね!おめでとう!」と承認する。
これは、成果承認と呼ばれるもので、実際の成果そのものを承認します。これは分かりやすいですよね。
以上のように、承認は、「存在承認」「行動承認」「成長承認」「成果承認」の4つがあります。そして、この中で最もパワフルな承認が「存在承認」であり、「行動」「成長」「成果」の順番で承認の力は弱まっていきます。
逆に、「成果承認」だけだと、「あの部長は、結局は成果しか見ていない、自分には興味がない」と、逆効果になりかねません。「成果」を承認する前に、きちんと「存在」そのもの、それから「行動」、「成長」と、そのプロセスを承認するようにしましょう。
リーダーは、まずこの「4つの承認」を率先垂範し、そして組織の中で「承認の文化」を広げていきましょう。
承認に対する誤解
「承認の文化」のお話をすると、多くのリーダーが「いや、自分は褒めるのが苦手なんで・・・」とか「成果が上がっていない部下を褒めると、緩い組織になる」と言います。
しかし、これは「承認」を大きく誤解しています。
「承認」と「褒める」は、概念としては全く異なるものと言ってよいでしょう。
子供の教育を例にとって考えてみると、分かりやすいです。例えば、小学生の子供が、お母さんを手伝おうと、率先してお皿洗いをしてくれました。
お母さんは、次のような二通りの言葉を子供に投げかけます。
A:「〇〇ちゃん、お皿を洗うなんて、偉いわね!」
B:「〇〇ちゃん、お皿を洗ってくれて、ありがとう!とても助かったわ!」
このAとBの違いがお分かりいただけましたでしょうか?
Aは、子供を褒めていますよね。
この「褒める」という行為、実は暗黙の裡に上下関係が内在されているのです。このケースだと、お母さんが上の立場で、子供を評価している訳です。
一方で、Bは、子供に対して「感謝」していますよね。この感謝には、上下関係は一切関係ありません。純粋に、子供の行動に対して感謝し、「ありがとう」という感謝の言葉を伝えています。
会社員同士だと、よくこういう会話がないでしょうか? 「いやー、同期の〇〇、ほんと優秀だよなぁ・・・」 この表現は、同期の〇〇さんを褒めてはいますが、承認はしていないのが分かりますか? この表現には、「本当は俺だって…」という嫉妬心や、「どうせ俺は優秀じゃないし…」と卑下する心が隠されているのです。
私も「承認」=「褒める」と勘違いしていた時期がありました。でも、そのようにアドバイスすると、一時的に「承認の文化」が広がるように見えるのですが、どうも表面的なコミュニケーションになってしまって、すぐに元の木阿弥になってしまうんです。
「承認」と「褒める」の違いをしっかり組織に根付かせることで、「承認の文化」はずっと根付きやすくなり、心理的安全性の高い組織を作ることができるようになります。
いかがでしたでしょうか。
「心理的安全性」とその根付かせ方について、「承認」というキーワードを軸に説明させて頂きました。
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