先日、知人たちと「ファミレス飲み」をしました。
1次会はバーミヤン、2次会はサイゼリヤ。
何気ない夜の食事でしたが、経営視点で見れば、非常に示唆に富む時間でした。
両社ともに「コスパの高さ」で知られていますが、実際に体験してみると、その“構造的な強さ”に驚かされます。
中でも、サイゼリヤの戦略性は圧巻でした。
サイゼリヤに見る「やらない勇気」
まず感じたのは、オペレーションのシンプルさです。
サイゼリヤでは、タブレットではなくスマホで注文します。
テーブルの上がすっきりとし、客の動きも店員の動きもスムーズになります。
「最新技術」を導入すること自体が目的ではなく、「坪効率を最大化する」という目的に沿った手段を選んでいるのです。
次に印象的だったのは、配膳ロボットがいないことです。
同業のバーミヤンではロボットが動いていましたが、サイゼリヤでは店員の方が小走りで料理を運んでいました。
ロボットの導入を「遅れている」と見るのは浅い見方だと思います。
むしろ、店内の動線が徹底的に整理されているからこそ、人間の方が速く柔軟に動けるのです。
ここには「現場効率」という現実主義が貫かれています。
さらに、サイゼリヤには季節メニューがありません。
メニューは固定され、長年変わらない定番が中心です。
これにより、材料の仕入れも調理オペレーションも社員教育も安定し、無駄な変動コストを排除できます。
メニュー改定という“見えない非効率”をあえて捨てているのです。
そして極めつけは価格構造です。
グラスワインが100円、ボトルでも1,000円。しかも美味しい。
居酒屋のようにアルコールで利益を稼ぐのではなく、フードで利益を生み出す構造に徹しています。
この発想の転換こそが、サイゼリヤが「低価格」でありながら「高収益」を維持できる理由です。
戦略とは「何をやるか」ではなく、「何をやらないか」を決めること
ここで思い出したのが、経営学者ピーター・ドラッカーの言葉です。
彼は『経営者の条件(The Effective Executive)』の中で、次のように述べています。
「効果的な経営者は、何をなすべきかを決める前に、
何をなさないかを決める。」
戦略とは、選択の連続であり、同時に“放棄の連続”でもあります。
限られた経営資源(人・時間・資金)をどこに集中させるかを決めるためには、
あらゆる「やるべきではないこと」を明確に捨てなければなりません。
ドラッカーはこれを「集中と放棄の原則」と呼びました。
『現代の経営』では、次のようにも述べています。
「成果を上げるには、努力を一点に集中させなければならない。
それは、やるべきことを決めると同時に、
やらないことを明確にすることを意味する。」
この「やらないことを決める」という思想こそ、サイゼリヤの経営の核にあるのだと感じます。
ドラッカーが説く「放棄のマネジメント」
ドラッカーは「古いものを捨てる勇気」を経営者に求めました。
なぜなら、組織は放っておくと“惰性”によって古い事業・慣習・商品を維持し続けてしまうからです。
「古くなったものを捨てることは、いつでも不快である。
だが、経営者の第一の仕事は、過去を整理することである。」
多くの企業が陥るのは、「かつて成功したモデル」を手放せないことです。
新しい仕組みを導入しながら古い仕組みも残してしまう。
その結果、現場は複雑化し、意思決定は遅れ、利益が削られていきます。
一方、サイゼリヤは「やらない」ことを明確に線引きしています。
ロボット配膳も、季節限定メニューも、タブレットも、あえて捨てました。
その代わりに、「効率」「動線」「食材管理」という一点に集中して磨き上げています。
この“放棄の意思決定”こそ、戦略の真髄と言えるでしょう。
「効率」ではなく「効果性」を追求する
ドラッカーは、「効率」と「効果性」を明確に区別しました。
「効率とは、物事を正しく行うことである。
効果性とは、正しいことを行うことである。」
効率だけを追求すると、やがて組織は“正しくないこと”を完璧にこなすようになります。
ロボットを導入すれば一見効率的に見えますが、動線やスペース、回転率を考えれば必ずしも効果的とは限りません。
サイゼリヤは、この“効果性”を基準に意思決定をしています。
スマホ注文の導入も、「目的適合性」に基づいた判断です。
単に最新技術を追うのではなく、現場の合理性という“正しいこと”を選んでいるのです。
「選択と集中」を体現する現場経営
戦略とは、「何をやるか」ではなく「何をやらないか」を決めることです。
サイゼリヤはその考え方を徹底的に現場レベルに落とし込んでいます。
- メニューの設計
- 厨房の動線
- テーブル配置
- IT導入の選択
- 価格設定の哲学
これらすべてが、「坪あたり利益を最大化する」という目的に統合されています。
つまり、戦略と現場が完全に接続しているのです。
これは、ドラッカーが提唱した「マネジメント=長期的な成果の最大化」という定義にも合致しています。
「やらない勇気」が企業を強くする
多くの経営者は、新しいことを「やる」勇気は持っています。
しかし、古いことを「やめる」勇気を持つ人は少ないものです。
だからこそ、「やらないことを決める」企業が強いのだと思います。
それは挑戦をやめることではなく、本当に勝てる領域を選び抜くための意思決定です。
「優先順位をつけるとは、やらないことを決めることである。」
経営資源を分散せず、勝負する場所を見極め、そこに一点集中する。
この決断の連続が、戦略的な組織をつくります。
サイゼリヤの戦略は、「戦わずして勝つ」構造
サイゼリヤの真の競争優位は、価格の安さではなく「仕組みの強さ」にあります。
低価格でも利益が出る仕組み。
効率化しても品質が下がらない仕組み。
現場に無理が生じない設計。
それらがすべて整合しています。
つまり、サイゼリヤは「安くして勝つ」のではなく、「無駄をなくして勝つ」。
戦う前に、戦いを終わらせているのです。
これはまさに、孫子が説いた「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」という境地。
ドラッカーの思想と孫子の哲学が、現代のファミレスで融合しているように感じます。
結びに:経営は、日常の中にある
経営とは、オフィスや会議室の中だけにあるものではありません。
一見、何気ない日常の中にこそ、戦略の原型が隠れています。
サイゼリヤの現場を観察してみると、「何をやらないかを決める」という経営の原理が、
従業員の動きや厨房の設計、メニュー構成にまで浸透していることが分かります。
この「ファミレス飲み」は、単なる食事会ではなく、経営学の実地研修のような時間でした。
最後に——
食べることと飲むことに集中しすぎて、肝心の写真を撮り忘れました。
唯一残ったのは、食べかけのミラノ風ドリア。
これで300円(税込)。
この一皿に、戦略と効率の極致が詰まっているように感じました。
戦略とは、やらないことを決める勇気です。
それを、誰よりも静かに実践しているのがサイゼリヤなのだと思います。
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