―管理職研修で理解すべきホメオスタシス(現状維持本能)と1on1の本質
「何度言っても動いてくれない」
「やると言ったのに、なぜ行動しないのか?」
管理職研修の場で、非常によく聞く悩みです。
部下が行動しないとき、上司はついこう判断してしまいます。
- 本気ではないのではないか
- 覚悟が足りないのではないか
- 甘えているのではないか
しかし結論から申し上げると、多くの場合それは違います。
部下が動けないのは“怠け”ではありません。
人間に備わった ホメオスタシス(恒常性維持機能)=現状維持本能 が働いているだけです。
この理解を持つかどうかで、1on1の質も、部下育成の成果も大きく変わります。
ホメオスタシスとは何か:人は「変わりたくない」のではなく「急に変われない」
ホメオスタシスとは、ひと言でいえば、
「いつもの状態に戻ろうとする力」です。
人間の身体や脳は、急激な変化を嫌います。
なぜなら変化は、脳にとって“危険”として認識されやすいからです。
ここが重要です。
- 人は基本的に「変わりたくない」のではない
- 急激に変わることを“怖がる生き物”である
管理職研修では、まずこの前提を共有します。
この前提がないまま「気合」や「根性」だけで押すと、むしろ逆効果になります。
サウナの例でわかる「変化の抵抗」と「慣れ」のメカニズム
ホメオスタシスを理解するうえで、最も分かりやすい例がサウナです。
サウナに入った瞬間、
「熱い!無理かも…」
と感じますよね。
しかし数分経つと、身体は慣れてきます。
これはホメオスタシスが働き、身体が環境に適応するよう調整しているからです。
つまり、変化には必ず次の順序があります。
- 急な変化には抵抗が出る
- 少しずつなら適応できる
- 適応すると“当たり前”になる
部下にとっての新しい挑戦は、
サウナに入る最初の一歩と同じです。
脳が驚き、警戒し、ブレーキをかける。
これは怠けではなく、自然な反応です。
ダイエットが続かないのも同じ:意志の弱さではなく「防御機能」
もう一つの例として、ダイエットがあります。
- 急に食事を減らす
- 急に毎日走る
- 急に生活リズムを変える
こうした“激変”に対して、ホメオスタシスが働きます。
「元の生活に戻そう」
という強い力が発動する。
だから三日坊主になりやすい。
これは意志の弱さではなく、脳の防御機能が正常に働いているだけです。
部下の行動変容も、まったく同じ構造です。
「変わりたいけど変われない」
のは、やる気の問題ではありません。
変化の怖さに対して、脳がブレーキを踏んでいるだけなのです。
叱咤激励が逆効果になりやすい理由:ブレーキにアクセルを踏むから
成果が求められる管理職は、つい強い言葉で背中を押したくなります。
「やれ!」
「もっと頑張れ!」
「覚悟を決めろ!」
しかし、変化を怖がっている人に圧力をかけると、脳はさらに警戒します。
- 黙る
- 避ける
- 言い訳が増える
- 守りに入る
これは反抗ではありません。自己防衛です。
サウナに入った瞬間に、
「もっと長く入れ!」
と怒られたらどうでしょう。余計に辛くなります。
1on1でも同じことが起きます。
部下の中では「行動」ではなく「防御」が強化されてしまう。
ここで思い出してほしいのが、
「モチベーションは上げるものではない」という視点です。
外から押すほど、内側のブレーキが強くなるケースが多い。
この点は、こちらの記事で詳しく掘り下げています。
→ モチベーションは「上げるもの」ではない|管理職研修で解き明かす内発的エネルギーの本質
管理職研修で伝える重要な視点:「なぜできない?」ではなく「どこが怖い?」
多くの管理職は、部下に対して
「なぜできないのか」
を問い詰めてしまいます。
しかし本当に必要なのは、こちらです。
「どこが怖いのか」
部下の内側では、たとえばこんな怖さが起きています。
- 失敗が怖い
- 評価が下がるのが怖い
- 否定されるのが怖い
- どう進めればいいか分からない
- 自信がない
しかもこの“怖さ”は、本人がうまく言語化できていないことも多い。
だからこそ1on1は、行動管理の時間ではなく、
心理的安全をつくり、変化を設計する時間です。
この「安全基地」がないと、そもそも未来を語れません。
(心理的な土台については、以下の記事ともつながります)
→ 自己肯定感と自己効力感がなければ、人は動けない|管理職研修で扱う1on1の心理的土台
変化を生むのは「1ミリの行動」:コンフォートゾーンは“少しずつ”未来に移る
変化は、一気に起きません。
サウナも、ダイエットも、筋トレも、
すべて「慣れ」の積み重ねです。
管理職研修では、これを 「1ミリの行動」 と呼びます。
いきなり大きな目標を掲げるのではなく、
- 5分だけやってみる
- 1回だけ試してみる
- まず資料を開いてみる
- 先輩のやり方を1つだけ真似してみる
「今の延長線上でギリ届く行動」を設計する。
これが変化の入口です。
この設計は、コンフォートゾーンを未来へ移す考え方とも一致します。
→ 人はなぜ挑戦できないのか|管理職研修で解き明かすコンフォートゾーンとWill×Can×Must
1on1で使える具体質問:行動を“小さく”して脳の警戒を緩める
実務では、問いの設計がすべてです。
次の問いをそのまま使ってみてください。
1ミリの行動を見つける問い
- 「それを進めるとしたら、最初の1ミリは何でしょうか?」
- 「ハードルを半分に下げるなら、何から始められそうですか?」
- 「失敗しない範囲で試すなら、どんな方法がありますか?」
ポイントは、行動を小さくすることです。
小さくすると、脳の警戒が緩みます。
警戒が緩むと、行動が生まれます。
行動が生まれると、成功体験になります。
成功体験が積み重なると、ホメオスタシスが書き換わっていきます。
このプロセスを回すには、
上司側の「信頼関係(ラポール)」が前提になります。
→ ラポール(信頼関係)がなければ、1on1は機能しない
組織レベルで起きる変化:小さな挑戦が“文化”になる
1on1でこのアプローチを続けると、組織に次の変化が起きます。
- 挑戦への心理的抵抗が下がる
- 失敗を学習に変える文化が育つ
- 小さな改善が積み重なる
- 自律性が高まる
管理職研修の本質は、
叱咤激励の技術を教えることではありません。
人間の本能を理解し、自然な変化を設計できる管理職を育てることです。
そのために必要なのは、
問いの上手さ以前に、日々の関わりの「前提」です。
- 承認が前提としてあるか
- 傾聴が情報収集になっていないか
- 相手の内側に“答えがある”と信じているか
この土台が整うと、問いが生き始めます。
→ 承認とは何か|すべてのコミュニケーションの前提にあるもの
→ 傾聴とは何か|相手の人間的な側面に、純粋に興味を持つこと
「できない」に寄り添う姿勢が、ホメオスタシスの壁を薄くする
部下が動けないとき、上司がやるべきことは“押す”ことではありません。
壁を薄くする関わりです。
- 焦らせない
- 否定しない
- 比較しない
- 怖さを聴く
- 小さな成功を一緒につくる
変化を急がせると壁は厚くなります。
寄り添うと薄くなります。
この違いが、1on1の質を決めます。
まとめ:管理職研修で最も大切なのは「人間理解」である
- 部下が動けないのは怠けではなく現状維持本能
- サウナやダイエットと同じメカニズム
- 叱咤激励は逆効果になりやすい
- 変化は“1ミリの行動”から始まる
- 1on1は行動管理ではなく、変化設計の場
管理職研修で最も大切なのは、
人を動かす“技術”ではなく、
人間の仕組みを理解したうえで、変化を設計する視点です。
人は変わりたくないのではありません。
急に変わるのが怖いのです。
だからこそ、1ミリずつ。
その積み重ねが、やがて大きな変化を生みます。
FAQ(よくある質問)
Q1. 1on1で「怖さ」を聞くと、甘やかしになりませんか?
甘やかしではありません。行動しない理由を“怠け”と誤解したまま押す方が、結果的に停滞を長引かせます。怖さを言語化できると、行動を小さく設計でき、前進の確率が上がります。
Q2. 「1ミリの行動」を小さくしすぎると、成果につながらないのでは?
成果につながります。むしろ逆で、最初から大きすぎる目標は行動ホメオスタシスを刺激し、止まる確率が上がります。小さな行動→成功体験→自己効力感の形成、という順番で、結果的にスピードが上がります。
Q3. 叱咤激励が必要な場面もありますか?
あります。ただし“変化が怖い状態”の人に強い圧をかけると、自己防衛が強まり逆効果になりやすい。まずは心理的安全を確保し、行動を小さく設計したうえで、必要に応じて期待を伝える方が機能します。
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