「研修は楽しかった。でも、職場に戻ると忙しくて、何もできませんでした」
研修を企画する人事の方が、最も聞き飽きた——そして、最も恐れている言葉ではないでしょうか。
どれほど内容の良い研修を実施しても、日常の忙しさに戻れば、人は容易に元の習慣に飲み込まれます。数か月後に残っているのは「いい研修だった」という記憶だけ。いわゆる「研修のやりっぱなし」問題です。
この問題への、私たちの答えがグループコーチングです。
グループコーチングとは
研修で決めた行動目標を現場で実践し、その結果を少人数で定期的に共有し合う、研修後の伴走セッションのこと。研修で得た学びを、一度きりの理解で終わらせず、継続的な行動変容につなげるための仕組みです。
この記事では、なぜ研修は「受けた後」に失敗するのかという構造から、グループコーチングが機能する科学的な根拠、そして運用の実際までを解説します。
なぜ研修は、「受けた後」に失敗するのか
リーダーシップ開発の分野に、ロミンガーの法則と呼ばれる有名な調査結果があります。米国のロミンガー社が多くのリーダーに「何がリーダーシップ開発に貢献したか」をインタビューしたところ、講義などのインプットはわずか10%。70%は実践、20%は周囲からのフィードバックだった、というものです。
これは「講義が不要だ」という意味ではありません。講義で得たインプットを、どう実践させ、どう周囲からのフィードバックにつなげるか。その仕組みの有無が決定的に重要だ、ということを示しています。
ところが、多くの研修にはこの仕組みがありません。研修当日(10%の部分)だけを設計し、残りの90%——実践とフィードバック——は受講者の自主性に委ねられている。冒頭の「忙しくて何もできませんでした」は、受講者の意欲の問題ではなく、90%が設計されていないことの当然の帰結です。
では、実践とフィードバックの仕組みをどう作るか。理想を言えば、受講者一人ひとりにコーチをつける個別コーチングです。しかし、組織の中核を担うボリュームゾーンの管理職全員に、高価な個別コーチングをつける予算も時間も、多くの企業にはありません。
そこで私たちが提唱しているのが、グループコーチングです。
グループコーチングとは何か——基本の形
やることは、驚くほどシンプルです。
- 形式:オンラインで、4人程度の少人数セッション
- 頻度:月1回程度を、研修期間に合わせて数か月継続
- 内容:「研修で決めた行動目標を、現場でやってみてどうだったか」を共有し合う
それだけです。「それだけで効果があるのか」と思われるかもしれません。しかし、この「場」が持つ力は絶大です。
個別コーチングとの違いを整理しておきます。
| 個別コーチング | グループコーチング | |
|---|---|---|
| 形式 | コーチと1対1 | 受講者4人程度+講師 |
| コスト | 高額(役員・次世代幹部向けが中心) | 1人あたりのコストを大きく抑えられる |
| 得られるもの | 深い内省・個別課題の掘り下げ | 実践の継続+仲間からの刺激+横のつながり |
| 向く場面 | 経営幹部の個別育成 | 管理職層の研修定着・行動変容 |
なお、日本には寺子屋から学習塾・予備校まで、仲間と切磋琢磨しながら学ぶ「集団学習」の長い伝統があります。一人で黙々と学ぶより、仲間の存在が学びを深める。グループコーチングは、この特性を研修の定着に活かす仕組みでもあります。
シンプルな場に働く、2つの力
力①:「悩んでいるのは自分だけじゃない」——孤独を防ぐセーフティネット
管理職の悩みは、驚くほど共通しています。「部下にこう言ったら反発された」「会議がどうしても長引く」——。
グループコーチングの場でこうした失敗を互いにさらけ出すと、「悩んでいるのは自分だけではない」という深い共感と安心感が生まれます。管理職は、組織の中で意外なほど孤独な存在です。同じ立場の仲間と悩みを共有できる場は、その孤独を防ぐセーフティネットになります。
力②:「あの人ができたなら」——仲間の成功体験という最強の刺激
そしてもう一つ。仲間の成功体験は、どんな教科書よりも強力な刺激になります。
講師に「こうすべきです」と言われるより、隣の課長の「先月宣言した1on1のやり方を変えてみたら、部下が初めて本音を話してくれた」という報告のほうが、はるかに人を動かします。「あの人ができたなら、自分もやってみよう」——相互に刺激し合う仕組みがあるだけで、行動変容は加速していきます。
科学的根拠①:強い組織は「三角形」でできている
「受講者同士の場」に効果がある根拠として、紹介したい研究があります。日立製作所フェローの矢野和男氏は、著書『トリニティ組織』で、ウェアラブルデバイスによる1兆個を超える行動データの解析から、停滞する組織と高パフォーマンスな組織の違いを突き止めました。
停滞する組織は、上司を起点に部下が個別につながる「逆V字型」。強い組織は、上司と部下の対話に加えて、部下同士が横に連携する「三角形(トリニティ)」の形をしていたのです。
想像してみてください。上司と、部下のAさん・Bさんが参加する会議を。Aさんが上司に報告している間、Bさんは内職。Aさんの報告が終わると、今度はBさんが報告し、Aさんが内職を始める——これが「逆V字」の現場です。逆に、Aさんの報告に、Bさんが役に立とうと真剣に耳を傾け、フィードバックを送る。これが「三角形」の組織であり、データが示した「勝つ組織」の姿です。
この知見は、研修設計にそのまま当てはまります。講師が主役になり、講師と受講者が一対一でやり取りするだけの研修は「逆V字」です。グループコーチングは、受講者同士が横につながる「三角形」を、仕組みとして体験させる場にほかなりません。
そしてこの横のつながりは、セッションが終わった後も職場に残ります。研修を「イベント」で終わらせず、管理職同士が支え合う組織の資産に変える——これがグループコーチングのもう一つの価値です。
科学的根拠②:マネジメントは「エキスパートレベル」の学び
もう一つ、学習理論からの根拠です。教育学者のデビッド・ジョナセンは、学ぶ内容の性質によって、有効な学び方が変わることを「知識習得の3段階モデル」として示しました。
| 段階 | 知識の性質 | 有効な学び方 |
|---|---|---|
| 第1段階:初期レベル | 知識が整理され、正解が明確 | 講義・反復練習 |
| 第2段階:アドバンスト | 知識が複雑で、暗記では足りない | 演習・事例研究・コーチング |
| 第3段階:エキスパート | 正解が一つではなく、状況に応じて判断を組み立てる | 経験の蓄積・対話・内省 |
ここで考えたいのは、マネジメントとはどの段階の学びか、ということです。
部下の育成にも、チームの方向づけにも、唯一の正解はありません。つまりマネジメントは、本質的に第3段階「エキスパートレベル」の学びです。実践の中で経験を積み、対話し、内省することでしか磨かれません。
にもかかわらず、多くの管理職研修は、第1段階の学び方——講義で教えて終わり——にとどまっています。学ぶ内容と学び方が、ずれているのです。
私たちのプログラムは、この3段階に対応する形で設計しています。事前学習で第1段階(基本知識のインプット)、対面研修で第2段階(討議・演習で「使える力」に変える)、そしてグループコーチングで第3段階(実務での経験を、対話と内省で判断力に変える)。グループコーチングは「あると良いオプション」ではなく、エキスパートレベルの学びを成立させる、設計上の必然なのです(研修全体の組み立ては管理職研修のカリキュラム例で詳しく解説しています)。
運用の実際——定着を左右する、小さな設計
グループコーチングの効果は、いくつかの小さな運用設計で大きく変わります。
① 日程は、研修当日にその場で決める
最大のつまずきは、実は日程調整です。研修後に事務局がメールで日程を調整し始めると、返信が揃わず、開催が1か月先に延び、熱が冷めていく——。私たちは、対面研修の最後に講師の空き日程をその場で提示し、グループの組み合わせとセッション日時を、研修当日のうちに確定してしまいます。事務局が日程調整に追われる事態も、これだけで避けられます。
② 共有する「行動目標」を、研修内で言語化しておく
グループコーチングの題材は、研修の最後に受講者自身が決めた行動目標です。ここが曖昧なまま解散すると、セッションで共有するものがなく、場は雑談になります。研修と伴走は、行動目標という一本の糸でつながっている必要があります。
③ 講師は「教える人」ではなく、場を支える人
セッションの主役は受講者です。講師の役割は、正解を教えることではなく、場を支えること。講師が話しすぎる場は、それ自体が「逆V字」に逆戻りします。では、「場を支える」とは具体的に何をすることなのか——ここが場の質を分けるので、章を改めて説明します。
「これなら自社でもできそうだ」と思った方へ
率直に言えば、その通りです。4人集まって、月に一度、実践を共有する。形式だけなら、社内の会議室で今日から始められますし、実際、社内の勉強会や振り返り会として似た場を持っている会社もあります。
けれど、こうした場の多くは、数回のうちに「近況報告会」になり、やがて自然消滅していきます。形式は同じなのに、何が違うのか。分かれ目は、受講者同士のやり取りを「構造化」する仕事にあります。
グループコーチングで受講者が語るのは、具体的で、個別的な経験です。「あの部下にこう言ったら、反発された」「会議をこう仕切ったら、沈黙が続いた」——一つひとつは、その人の、その職場だけの話です。そのまま置いておけば、「大変でしたね」と共感し合って終わる、ただの近況報告になります。
ファシリテーターの仕事は、ここから始まります。複数の発言を聴き比べ、別々の経験に共通する構造を見つけるのです。たとえば、3人の管理職が語る別々の失敗談——部下への注意、会議での指摘、上司への進言——の裏に、「伝える内容ではなく、伝える前の関係づくりでつまずいている」という共通の構造を見つけて、学んだ理論と結びつけて返す。個別の経験が構造として言語化された瞬間、それは語った本人だけでなく、聴いていた全員が、明日から自分の現場で使える学びに変わります。
具体的な経験を、共通の構造へと抽象化し、それぞれの現場へ再び具体化して返す。この往復を、毎回のセッションで回し続けられるか。地味ですが、ここが場の成否を分けます。加えて、評価と切り離された場であるほど、失敗は率直に語られやすくなります。
「同じ悩みを持つ仲間」と、「学びを構造化するファシリテーター」。この2つが揃ったとき、シンプルな場は、行動変容の装置になります。
その先に、「内製化」という道がある
ここまで読むと、グループコーチングは外部のファシリテーターに頼り続けるものに見えるかもしれません。私たちが最終的に目指しているのは、その逆です。ファシリテーションの力を、組織の中に残すことです。
管理職研修やリーダー研修であれば、たとえばこう設計します。
| 年次 | ファシリテーション | 卒業生の役割 |
|---|---|---|
| 初年度 | プロのファシリテーターが担当 | ——(受講者として、良いファシリテーションを「受ける側」で体験する) |
| 2年目 | 卒業生とプロが一緒に担当 | ファシリテーターデビューに向け、セッションの前後でプロから指導を受ける |
| 3年目 | 卒業生がファシリテーターとしてデビュー | 次の受講者の伴走者になる |
こうして、ファシリテーターが組織の中に育っていきます。学んだ人が、次に学ぶ人の伴走者になる。教えることは最大の学びでもあり、卒業生自身のマネジメントも、この過程でもう一段深まります。
学びの連鎖が組織の中で回り始めたとき、研修は「毎年実施するイベント」ではなくなります。組織全体でマネジメントを実践し、学び続ける文化——それが、グループコーチングの先にある最終形です。
まとめ:10%の設計から、100%の設計へ
- 研修の成果は「講義10%・実践70%・フィードバック20%」で決まる。多くの研修は10%しか設計していない
- グループコーチングは、残りの90%を仕組みにする伴走の場。形式はシンプル——4人程度・月1回・行動目標の実践共有
- 効果の源泉は、孤独を防ぐ共感と、仲間の成功体験という刺激。トリニティ組織(三角形)とジョナセンの3段階が、その科学的な裏づけになる
- 運用の要は「日程を研修当日に決める」「行動目標を研修内で言語化する」「講師が主役にならない」
- 形式は内製できる。しかし、個別の経験を全員の学びに変える「構造化」の仕事が、場の成否を分ける
- 最終形は内製化。卒業生がファシリテーターとして育ち、学びの連鎖が組織の文化になる
研修で学んだことが現場で使われない構造そのものは、管理職研修が「やりっぱなし」で終わる4つの構造的原因と研修転移とはで詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
いまの研修に、「研修後の90%」の設計はありますか
現行の研修体系やご検討中のプログラムを前に、実践とフィードバックの仕組みがどこまで設計されているかを、30分で一緒に点検します。売り込みではなく、壁打ちの場としてご利用ください。
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