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「3時間野球」が教える経営マター― 現場の自己統制は、経営のBeingなしには機能しない

1. はじめに ― 小林至氏の指摘が射抜いたもの

元ロッテ投手で、ソフトバンクホークスの取締役も務められた小林至氏が、ある動画で「なぜ日本のプロ野球は3時間もかかるのか」を論じておられます。現在のNPBの平均試合時間は9回で3時間5分、MLBは2時間38分。この30分以上の差を小林氏は、現場の怠慢ではなく「経営マター」の不在に帰しておられます。

この見立ては、エグゼクティブコーチとして経営者や管理職の方々と対話を重ねてきた私の実感とも重なります。ただし重なるのは「野球の話」としてではありません。現場が勝ちに最適化するほど、組織全体が遅くなる——この構造は、多くの日本企業の会議室や、1on1の現場、評価制度の設計に、そのまま貼り付けられるからです。

本稿では、小林氏が動画で語っておられる事実と主張を起点にしつつ、それを私自身の視点——目標設定、MBO、会議の終了条件(Being)、承認の回路——から再解釈してみたいと思います。

2. 現場の「勝利への自己統制」は、なぜ個別最適へ向かうのか

小林氏は動画の中で、試合時間の肥大化を「現場は勝つために間を取っている。これは戦術であり、お願いベースで短くしろというのは無理」と説明しておられます。私はこの一文を、マネジメント論として読み直したいのです。

ドラッカーがMBOを提唱したとき、そこには 「and Self-Control(自己統制)」 というもう半分がありました。日本語で「目標管理」と訳された瞬間、Self-Controlが落ちた——この問題を、私は繰り返し書いてきました。

ここで注意が要ります。NPBの現場は、Self-Controlを放棄しているわけではありません。むしろ逆です。勝利という目的に対して、彼らは極めて忠実に自己統制しておられます。「間を取る」「牽制する」「サインを交換する」——ひとつひとつが勝率を上げる合理的な選択です。

では何が問題なのでしょうか。上位のありたい姿(=3時間以内に完結するエンタメであること)を経営が描いていないために、現場の自己統制が「勝利」という単一目的に沿って個別最適化して行動する、ということです。MBOの片肺、と言ってもいいかもしれません。Self-Controlは働いています。ただしその向き先を決めるObjectivesのほうが、不在なのです。

これは現場を責める話ではありません。現場は与えられた目的のもとで最善を尽くしておられる。Objectivesを示さなかった経営が、現場の結果だけを責める資格はないはずです。

3. お願いベースが効かない理由 ― 問題対応型と課題設定型の分岐点

小林氏のご指摘でもうひとつ重要なのは、「精神論」や「お願いベース」で時短を求めても現場は動かない、という点です。ここに私は、研修で繰り返し使ってきた対比を重ねたいと思います。

寄らない側 寄る側
問題対応型(事象が起きてから個別対処) 課題設定型(ありたい姿からギャップを自ら設定)
お願いベースの時短依頼 ルールとしての構造変更
気合・精神論・現場への忖度 本能とインセンティブの設計

NPBの時短要請は、完全な問題対応型です。「試合が長い」という現象に対して、「もう少し短くしてください」と現場にお願いする。これは人間の行動原理として、まず効きません。なぜなら現場は勝つことで報酬を得るインセンティブ構造の中にいて、時短は彼らのコンフォートゾーンを未来に動かす条件(ワクワク・自分らしさ・他者貢献)のどれにも触れないからです。

意志の弱さではありません。ホメオスタシスです。「いまのやり方で勝っているのだから、戻ろうとする」——これは本能です。本能に精神論で挑んではいけません。

4. MLBが変えたのは「終了条件」である

小林氏は、MLBが2023年に導入したピッチクロック、牽制制限、ベース拡大を「野球そのものを外科手術のように切り裂いた」と表現しておられます。私はここに、会議論で使っているひとつの言葉を当てはめたいと思います——終了条件(Being) です。

会議を設計するとき、「情報共有する」というDoingではなく、「終了時にチームの来週の方針が見えている状態」というBeingから組み立てましょう、と私は繰り返し申し上げてきました。MLBがやったのは、まさにこれです。

MLBの終了条件は、「2時間半以内で完結する、アメリカ国民が娯楽として選ぶに足る商品であること」。この未来の状態から現在を引き戻し、必要ならルールそのものを書き換えたのです。競技論から顧客論へのパラダイムシフト、と小林氏は呼んでおられます。私の語で言えば、問題対応型から課題設定型への転換です。

ここで見落としてはいけないのは、MLBも現場の戦術を否定したわけではないということです。否定したのは「プレーが止まっているデッドタイム」——つまり、Beingなき現場で自己統制が個別最適に振れた結果生まれた副産物だけでした。Beingを描いたうえで、そこからの逆算でルールを敷く。現場の自己統制は、そのルールの内側で最大限尊重される。これが、本来のMBOの姿だと私は考えます。

5. 寄り合いの意思決定と、3Wなき会議 ― NPB構造はあなたの会社の相似形

小林氏は、NPBがドラスティックに動けない理由として、①コミッショナーの権限・報酬の軽さ(MLBは約24億円、NPBは約2400万円)、②12球団の4分の3合意ルール、③親会社からの持ち回りで就任するサラリーマン社長の現状維持バイアス、の3点を挙げておられます。

この3つを、私は「野球界の特殊事情」だとはまったく思いません。

  • 誰がCEOとして説明責任を負うのかが曖昧な組織(主体は誰かが決まっていない)。
  • 全会一致に近い合議で、一部の反対で改革が止まる意思決定構造(3Wが決まらない会議)。
  • 親会社からの出向・任期の短い社長が「自分の代で波風を立てたくない」と考えるインセンティブ(他己承認軸で動くトップ)。

これらは、日本の多くの企業の経営会議で、ほぼそのまま観察できます。議事録の事後処理で終わり、終了条件は書かれず、Who・What・Whenが決まらず、決まった気になって帰る。そして次の会議で同じ議論をする。そんな場面を、経営のそばで幾度も目にしてきました。

重要なのは、この構造の下では、個々のメンバーがどれだけ優秀でも結論は「現状維持」に収束するという点です。なぜなら、構造そのものが現状維持に最適化されているからです。会議を「組織の頭脳」として機能させたいのであれば、頭脳の回路設計——誰が最終決裁者か、何を終了条件とするか、何を3Wで持ち帰るか——を経営が引き直さなければなりません。

6. 結び ― 組織のBeingを描くのは、現場ではない

小林氏の動画が提示しておられるのは、ひとつのスポーツビジネスの危機です。しかしそこに浮かび上がる論点は、人材育成と組織運営の根本に触れています。

私の言葉でまとめ直すと、こうなります。

  1. 現場の自己統制は健全でも、上位のBeingが不在なら個別最適に流れていきます。
  2. お願いベースは本能に勝てません。動かしたいのであれば、ルール(構造・インセンティブ)を動かすしかありません。
  3. 終了条件は顧客のありたい姿から引き戻します。競技論ではなく顧客論。目標ではなくBeingです。
  4. 会議と意思決定の構造が現状維持に最適化されている限り、誰がトップに座っても結論は変わりません。
  5. だから問うべきは「現場はなぜ動かないのか」ではなく、「経営は何のBeingを描いているのか」 です。

最後にひとつ、読者のみなさまに問うてみたいと思います。

あなたの組織のいちばん長い会議、いちばん長引いているプロジェクト、いちばん終わらない残業は、いったい誰の「勝ち」に最適化された結果でしょうか。そして、その上位にあるべきBeingを、いま誰が描いておられるでしょうか。

現場に忖度している余裕がもう野球界にないのと同じように、多くの日本企業にも、もう残されてはいないはずです。

参考にした動画・出典

本記事は、元千葉ロッテ投手・ソフトバンクホークス元取締役である小林至氏が公開しておられる「なぜ日本のプロ野球は『3時間』もかかるのか?」をテーマとする動画をもとに作成したものです。動画で語られていた事実関係・主張を出発点としつつ、経営・組織マネジメントの観点から、エグゼクティブコーチ・山本哲郎自身の視点で考察・再構成しています。動画内容と筆者自身の解釈が区別されるよう、本文では可能な限り出典を明示しました。

Tetsuro

Tetsuro

株式会社 2E Consulting 代表。中小企業診断士。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。一橋大学社会学部卒。三菱商事にて製鉄用石炭・鉄鉱石のトレーディング・事業開発・投資事業に携わり、インド・ドイツ・シンガポールに9年間駐在。海外駐在において現地人材の育成・組織開発に携わる中で人材育成に興味を持ち、企業向け研修会社に転職、年間2,000人の受講生にビジネススキルを教える。Harvard Business School Program for Leadership Development 修了(2019年)。その後、独立し、中小企業診断士として数多くの企業経営の現場で経営改善に従事している。

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