「自分はもう成長できないのではないか」「部下にどう声をかければ前向きになれるのか」――管理職研修の現場で、こうした悩みを打ち明けるマネージャーは少なくありません。組織を預かる立場になったからこそ湧き上がる、成長への切実な問いです。
そんな問いに正面から応えてくれるのが、スタンフォード大学心理学教授キャロル・S・ドゥエックの著書『マインドセット「やればできる!」の研究』です。本書は世界累計で数百万部を超えるベストセラーであり、ビジネス・教育・スポーツなど幅広い分野でその知見が活用されています。
硬直マインドセットと成長マインドセット
ドゥエックは、人の思考パターンを「硬直マインドセット(Fixed Mindset)」と「成長マインドセット(Growth Mindset)」の二つに分類しました。
硬直マインドセットとは、「才能や知性は生まれつき決まっている」という信念です。この思考に囚われると、失敗を自分の能力の限界と捉え、挑戦そのものを避けるようになります。一方、成長マインドセットとは、「努力と学びによって人は変われる」という信念です。失敗を成長の糧として受け止め、困難な課題にも粘り強く取り組む姿勢が生まれます。
| 硬直マインドセット | 成長マインドセット | |
|---|---|---|
| 基本信念 | 才能は生まれつき決まっている | 努力と学びで人は変われる |
| 失敗の捉え方 | 能力の限界を示すもの | 成長のための糧 |
| 挑戦への姿勢 | リスクを避け現状維持を選ぶ | 困難な課題にも粘り強く取り組む |
| 他者の成功 | 脅威に感じる | 学びのヒントにする |
| リーダーとして | 評価・選別に重きを置く | 育成・プロセスに光を当てる |
本書ではこの二つの思考パターンを、ビジネスだけでなくスポーツや教育、対人関係など多様な場面で検証しています。たとえばある企業の管理職が、成果だけを評価する文化から「学習プロセス」を重視する文化へ転換したところ、チームの挑戦意欲と業績がともに向上した事例が紹介されています。
重要なのは、これが単なる性格の違いではないということです。ドゥエックの研究は、マインドセットが後天的に変えられること、そしてリーダーの言葉や関わり方が部下のマインドセットに大きな影響を与えることを実証しています。つまり、管理職がどのような信念を持ち、どのような言葉を使うかによって、チーム全体の思考パターンが変わり得るのです。
管理職研修にこそ「マインドセット」の視点が必要な理由
管理職研修というと、目標管理やフィードバックの技法など、スキル面に焦点が当たりがちです。しかし、どれほど優れた手法を学んでも、リーダー自身が「人は変われる」と信じていなければ、その言葉に力は宿りません。
たとえば1on1ミーティングの場面を考えてみてください。「今できていないこと」を指摘するだけの対話と、「これからできるようになるプロセス」に光を当てる対話では、部下の受け止め方はまったく異なります。後者の関わり方こそ、成長マインドセットに基づく1on1対話力です。
「今月も目標未達だったね。
よくやったとは言えないな。」
「あの場面でどう工夫したの?
そのプロセスをもっと聞かせて。」
ドゥエックは本書の中で、「結果を褒めるのではなく、努力や戦略を認めることが成長を促す」と繰り返し述べています。管理職研修で1on1の技法を学ぶ際にも、この原則は極めて実践的です。結果ではなく努力や工夫のプロセスを認める言葉が、部下の内発的な動機を引き出し、チームに「学び合う文化」を育てていくのです。
自己基盤力――リーダー自身の土台を整える
もう一つ見落とせないのは、リーダー自身の内面の安定です。私たちはこれを「自己基盤力」と呼んでいます。
管理職は日々、業績のプレッシャーや人間関係の板挟みにさらされます。余裕を失ったリーダーは、無意識のうちに硬直マインドセットに陥りやすくなります。「失敗は許されない」「弱みを見せてはいけない」という思い込みが、部下との対話の質を下げ、組織の心理的安全性を損なうのです。
だからこそ、管理職研修ではスキルの習得だけでなく、「自分はどんなリーダーでありたいのか」という問いに向き合い、自己基盤を整えるプロセスが欠かせません。自分の価値観や強みを棚卸しし、弱さも含めて自分を受け入れる。その土台があってはじめて、部下の話に耳を傾ける余裕と、成長を信じて待つ忍耐が生まれます。自分自身の成長マインドセットを育てることが、部下やチームの成長を支える出発点になるのです。
才能は成果を生む。学び続ける意志は文化をつくる。
本書を読んで改めて感じるのは、「才能は成果を生むが、学び続ける意志は文化をつくる」ということです。組織の持続的な成長を支えるのは、個人の突出した能力ではなく、挑戦と学びを歓迎する風土です。
信念の土台をつくる
光を当てる
循環する組織へ
管理職研修を通じて成長マインドセットの考え方に触れ、自己基盤力を整え、1on1対話力を磨くこと。この三つが揃ったとき、リーダーの関わり方は変わり、チームは自走し始めます。
私たちが管理職研修で大切にしているのも、まさにこの循環です。自己基盤力によって自分を整え、1on1対話力によって部下の可能性を引き出す。テクニックの前に「人は変われる」という信念を持つこと――ドゥエックの研究は、その信念がリーダーシップの根幹であることを科学的に裏づけています。
人を育てる立場にあるすべての方に、
本書を手に取っていただきたいと思います。
関連記事(1on1対話力をさらに深める)
- 1on1対話力とは何か|管理職研修で鍛える”未来を共創する力”
- 管理職研修における「コーチング」の本質とは?──1on1対話力として捉え直す、これからのマネジメントのかたち
- 「カラスの家」で気づいた、組織を変える”たった一つの習慣”―管理職研修と1on1に通じる、関係性の本質
- 管理職研修で本当に身につけるべき「問いかけ力」とは何か
- 自己肯定感と自己効力感がなければ、人は動けない
書籍情報
『マインドセット「やればできる!」の研究』
キャロル・S・ドゥエック著/今西康子訳(草思社)
コメント