2E式管理職養成プログラム

「自己基盤力」をベースに

管理職を“罰ゲーム”にしないための、マネジメント再設計。

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「選手は数字、コーチは構造」――プロ野球のコーチ人事に、組織のすべてが表れる

私がときどき見ている番組に、「小林至のマネーボール」があります。小林至氏は、福岡ソフトバンクホークスの取締役としてフロントを務めた方で、球団経営の内側を知る立場から、プロ野球をビジネスとして語っています。

先日のテーマは、コーチの契約更新――つまり、コーチの「戦力外通告」でした。

聞き手が問います。コーチにも戦力外はあるのか。どんな理由で切られるのか。返ってきた答えが、これでした。

「選手は数字、コーチは構造」
選手は成績で評価される。しかしコーチは、組織戦略との「フィット感」で評価される。だから構造が変われば、人も変わる――。

私は、思わず手を止めました。

これは野球の話ではありません。私が管理職研修の現場で、毎月のように立ち会っている光景そのものです。そして、当社が「マネジメントとは何か」「戦略とは何か」を定義するときに必ず通る論点が、ほとんど全部この一本の動画に詰まっていたのです。

本稿では、この番組を素材に、組織論を考えてみたいと思います。プロ野球という極端な環境は、企業の中では見えにくい構造を、そのまま剥き出しにしてくれるからです。

この記事でわかること

  • 管理職が、プレーヤー時代とは「別の物差し」で測られている理由
  • 「トップが代わっても変えてはいけないもの」を、誰が持つべきなのか
  • ノウハウの属人化が、人格ではなく「設計」の問題である理由
  • AI時代に、管理職の「教える価値」が縮小しても、「教えすぎない」ことの価値が高まる理由
  • 自社の組織を点検するための、6つの問い

1. 「選手は数字、コーチは構造」――管理職は、別の物差しで測られている

まず、最初の論点です。なぜ選手とコーチで、評価の物差しが変わるのでしょうか。

答えは単純です。やっている仕事が、別物だからです。当社の管理職研修では、必ず最初に、この話をします。

プレーヤーは、自ら成果を出すことが仕事
マネージャーは、他者を通じて成果を出すことが仕事

「名選手、名伯楽にあらず」という言葉があります。プロ野球でもビジネスでも同じで、優れたプレーヤーが優れたマネージャーになるとは限りません。役割が別物である以上、当然のことです。

ところが、多くの管理職が、この転換を経ないまま昇進します。そして無意識に、こう思っています。「自分は、これまで良い成績を出してきたから管理職になった。だから、これからも良い成績を出し続ければ、評価されるはずだ」と。

しかし、実際に管理職を測る物差しは、そこにはありません。

番組では、こんな趣旨のことが語られていました。優秀なコーチが、優秀であるがゆえに残るとは限らない。監督と球団の方向性、つまり組織の波長のほうが効いてしまう、と。企業でも、まったく同じことが起きています。

・数字は達成しているのに、部長に上がらない課長
・事業部の再編で、実力とは関係なく役割が変わる管理職
・社長が代替わりした途端、居場所がなくなるベテラン幹部

これを「理不尽だ」と嘆く声を、私は何度も聞いてきました。番組の中でも、コーチほど理不尽な仕事はない、という言葉が繰り返し出てきます。ですが、少し立ち止まって考えたいのです。

それは、本当に理不尽なのでしょうか。それとも、管理職という仕事の構造そのものなのでしょうか。

管理職とは、組織の構造の一部です。構造の一部である以上、構造が変われば、そのポジションの意味も変わる。個人の努力とは独立に、です。この事実を、恨みとして抱えるのか、前提として引き受けるのか。ここが、管理職としての成熟の分かれ目だと、私は考えています。

引き受けたうえで問うべきは、「なぜ自分が」ではありません。

「いま、この組織の構造は、何を必要としているのか」

この問いを立てられる管理職は、構造の変化を、自分への否定ではなく、情報として受け取ることができます。これは、当社が自己基盤力と呼んでいる力そのものです。自分の存在価値が、一つのポジション、一つの成績だけに依存していない人は、構造の変化によって全部が崩れることがないからです。

2. 監督は現場のCEO、球団は長期戦略の設計者――時間軸の分業

番組の中で、私がもっとも唸ったのが、ここです。

コーチ人事は、いま監督主導なのか、球団主導なのか。答えは「圧倒的に球団主導」。その理由が、見事でした。

監督は現場のCEOである。しかし球団は、長期戦略の設計者である。育成方針、データ活用、若返り――そうした中長期の大戦略を担うのは球団だ。なぜなら、監督は変わるから。監督が変わるたびに育成方針が変わっていたら、球団は強くならない。

これは、当社の「マネジメントとは」というテキストの、まさに中核と重なります。当社は、マネジメントの目的を、ドラッカーの言葉を集約して、こう定義しています。

マネジメントとは、長期的な組織の成果を最大化することである

そして必ず、こう問います。「では、その『長期的』とは、どれくらいの期間ですか」と。答えは、役職によって違う、です。

研修では、縦軸に組織の階層(現場→中間管理職→経営陣→社長)、横軸に時間のスパンを取った図を描きます。現場のスタッフは、目の前のお客様のために最善を尽くします。ただし、その店の2年後には責任を持ちません。階層が上がるほど、責任を負う時間軸は伸びていく。当たり前のようでいて、この当たり前が守られていない組織が、あまりにも多いのです。

球団と監督の関係は、この図の実物です。

監督(現場のCEO)が背負うのは、今シーズンの勝敗
球団(長期戦略の設計者)が背負うのは、5年後、10年後のチーム

重要なのは、この二つが「どちらが偉いか」の問題ではないということです。短期の勝利を軽んじる球団は、そもそも次のシーズンを迎えられません。長期を持たない監督人事は、チームを空洞にします。短期と長期を調和させることこそが、マネジメントの肝なのです。

さて、ここで問いです。

あなたの会社では、「監督が変わっても変えてはいけないもの」が、明文化されているでしょうか。

中小企業の支援に入ると、私はここでつまずく会社を、本当によく見ます。

部長が代わると、育成方針が変わる。評価の運用が変わる。会議体が変わる。前任者がつくった仕組みは、引き継ぎの三か月で静かに消えていく。現場は学習します。「どうせまた変わる」と。すると誰も、新しい方針に本気で乗らなくなります。

これは、担当者が悪いのではありません。「誰が長期を持つのか」が設計されていないのです。球団という長期戦略の設計者がいないまま、監督だけが次々に代わっている状態。これが、多くの日本企業の実像ではないでしょうか。

ちなみに番組では、逆のパターンも語られていました。強い監督は「全権」を条件に就任を引き受ける、と。星野仙一監督の名前が挙がっていました。それが機能した時代があったことも、事実です。しかし今は、球団がラインナップにまで関与するメジャーリーグ流に近づいている。時代が動いた、ということです。

3. 「俺のノウハウは、俺が契約している期間のものだ」――属人化は、設計の問題

番組の中で、私がもっとも考え込んだのが、この話でした。

指導ノウハウを、絶対に球団に見せないコーチがいる、というのです。彼の言い分は、こうです。これは私のものだ。球団に残してほしいなら、長期契約をしてくれ。1年契約なのだから、私は買ってもらった時間の分だけ、このノウハウを売るのだ、と。

聞き手は言います。「理にかなってますよね」。私も、そう思いました。まったく合理的です。

一方で、球団の言い分も正しい。PDCAを回し、指導の知見を文書化・データ化して、球団としてノウハウを蓄積したい。いま、ほとんどの球団がその方向に動いている。個人に依存した育成では、組織として強くなれないからです。

どちらも正しい。では、何が問題なのでしょうか。

契約の時間軸と、求めている貢献の時間軸が、ずれているのです。
1年契約で雇っておきながら、10年分の資産を差し出せと言っている。

この非対称に、誰も向き合っていない。だからノウハウは組織に残らず、コーチは「囲い込む職人」と見なされ、双方が不幸になります。企業の話に置き換えれば、これほど身に覚えのある構図もありません。

・「暗黙知を形式知にせよ」と言いながら、それを評価項目に一行も入れていない
・「後進を育てろ」と言いながら、育てた人ではなく、数字を上げた人だけを昇進させている
・ベテランに技術継承を求めながら、継承が終わった後の処遇について、何も約束していない

こうした組織で、「あの人は抱え込む」「若手に教えたがらない」と嘆くのは、順番が逆です。抱え込むことが合理的になるように、こちらが設計してしまっているのです。属人化は、人格の問題ではありません。設計の問題です。

ここで、私自身の失敗を白状させてください。研修でも必ずお話ししている、恥ずかしい話です。

課長に昇格して初めて部下を持ったとき、私は正直、「昇進した、給料も上がった、ラッキー」くらいにしか思っていませんでした。ある日、部下の一人が「商品知識がなかなか覚えられない」と相談に来ました。私は良い先輩であろうと、丁寧に教え、参考書籍も紹介しました。彼は感謝してくれ、私も嬉しかった。

――しかし、あのときの私は、ただの「ちょっと仕事ができる同僚」でした。

管理職として本当にやるべきだったのは、個別に教えることではありません。「誰が来ても学べる仕組みをつくること」でした。商品知識を体系的に学べるマニュアル、OJTや勉強会の仕組み化、教える人材を育てる環境づくり。それが、私が見るべきだった「時間軸の長い責任」だったのです。

球団がノウハウを蓄積しようとしているのは、まさにこの営みです。そして、それを個人の善意に期待するのではなく、契約と評価という「構造」に落とし込めるかどうかが、組織の力量を分けます。

4. AI時代、管理職の「教える役割」は縮小しても、部下への影響力はなくならない

番組では、指導者の役割について、示唆に富む指摘がありました。

完成された一軍の選手に対して、コーチが技術や正解を教える価値は、以前ほど大きくないというのです。選手自身が映像やデータを分析し、必要な情報を自ら取りに行けるようになったためです。コーチにしか分からない「秘伝」を一方的に授けるという指導のあり方は、成立しにくくなっています。

ただし、ここで立ち止まりたい問いがあります。優れたコーチの価値は、本当に「正解を教えること」だけだったのでしょうか。

元中日ドラゴンズ・横浜ベイスターズ監督の権藤博氏が、著書『権藤主義』(ベースボール・マガジン社、2023年)で語っているエピソードがあります。1975年、中日の二軍投手コーチだった権藤氏は、自費でフロリダにあるドジャース傘下の教育リーグを視察しました。室内練習場で、あるコーチが右打者に「流し打ちができるようになったら、呼びに来い」とだけ告げ、その場を去ります。選手が左へ引っかけて苦しんでいたため、見かねた権藤氏が足の踏み出し方やスイングを手ほどきしたところ、選手はすぐに改善し、コーチを呼び戻しました。

すると、そのコーチは権藤氏に、こう言い放ったといいます。

「教えられて覚えたことはすぐ忘れる。自分でやって覚えたことは忘れない」

権藤氏はこの一件から、プロで通用する技術は、人まねではなく自分で編み出すしかないと悟ったといいます。この哲学は、のちに「Don’t over teach(教えすぎるな)」として語り継がれるようになりました。

ここで見落としてはならないのは、あのコーチが選手を放っておいたわけではない、という点です。「流し打ちができたら呼びに来い」という具体的な課題と基準を渡し、本人が呼び戻した瞬間には、間違いなく力を貸すつもりでいました。教えないのではありません。教えすぎないのです。本人が自分の力で気づくまで待ち、本当に助けが必要な瞬間には、迷わずそばに立つ。この「見極めと間合い」こそ、正解を配ることとは別の、コーチにしか出せない価値です。

問題は、この見極めと間合いを、これまで一度も鍛えてこなかった指導者です。秘伝という情報の優位性を失い、かといって「教えすぎない」間合いも持たないまま、手元に残る手段は、叱責と否定の言葉だけになってしまう。不適切な言葉で選手の自信を奪う。挑戦する意欲を失わせる。ミスへの指摘が人格否定として伝わり、選手の成長やキャリアを妨げてしまう。正解を教える価値が下がったとき、そこに残るのは「見極めと間合い」を磨いた指導者の価値か、権威を失って言葉だけが荒くなった指導者の害か――その分かれ道なのです。

番組では、「常に勝つのは時代なんです」という言葉もありました。かつては許容されていた指導であっても、今の選手には人格否定として受け取られることがある。指導者が「昔はこれで通用した」と嘆いても、時代に背を向けて指導を続けることはできません。

この構造は、AI時代の管理職にも、そのまま当てはまります。

かつて、上司の役割や権威の一部は、「部下より多くの知識や経験を持ち、正解を教えられること」に支えられていました。しかし今は、部下自身がAIを使い、必要な知識や解決策の候補を短時間で得られます。もちろん、経験に基づく判断や助言の価値がなくなるわけではありません。それでも、管理職が知識や正解を一方的に与えることの価値は、相対的に低下していくでしょう。

一方で、権藤氏が見たあのコーチのような「見極めと間合い」の力――部下がどこまで自分で気づけるかを見定め、本当に必要な瞬間に手を差し伸べる力――は、AIには決して代替できません。正解を配る価値が目減りするAI時代だからこそ、この力は、むしろ際立っていきます。

そして、管理職が部下に与える心理的な影響そのものは、なくなりません。上司の一言で、部下が自信を失う。失敗を恐れ、挑戦しなくなる。自分で考えることをやめ、指示を待つようになる。AIがどれほど進化しても、日々接する上司の言動が、部下の意欲や行動を左右する構造は残ります。

だからこそ、これからの管理職に求められるのは、正解を配って人を動かすことでも、ただ放っておくことでもありません。一人ひとりが自分なりの「ありたい姿」を持ち、そこに向かって自ら動き出せる状態をつくることです。当社は、このあり方を「内発型マネジメント」と呼んでいます。

正解を教える価値は下がった。しかし、「教えすぎない」見極めと間合いの価値は、なくなるどころか高まっていく。
だからこそ管理職は、部下を「動かす」のではなく、自ら「動き出す」状態をつくらなければならない。

当社は、この内発型マネジメントを、マネジメントの三層構造の中で捉えています。

1目的:長期的に、組織の成果を最大化すること(ドラッカー)

2手段:自分一人でやるのではなく、人を介して成果をあげる技術(全米マネジメント協会)

3手段の手段:人を「動かす」のではない。一人ひとりが、ありたい姿に向かって「動き出す」状態をデザインすること(当社の定義)

第1層の目的と、第2層の手段は、時代が変わっても大きくは変わりません。変わったのは、第3層の「人の介し方」です。アメとムチや上意下達で人を動かす統制型のマネジメントではなく、本人の目的意識や意欲を引き出し、自ら動き出せる環境を設計することが求められています。

そして興味深いことに、番組で語られていた今の球団の育成のやり方は、この第3層そのものでした。選手と面談し、大方針を決める。球速やバットスピードといった数値で、いつまでに何を目指すかを定める。そのために、どんな訓練を中心に据えるかを設計する。コーチは、その大方針の中で選手を伸ばす。

内発型マネジメントは、本人の自主性にすべてを委ねる放任ではありません。かといって、上から正解を押しつける統制でもありません。組織として目的と枠組みを示したうえで、本人が自ら考え、動き出せるように支援するという営みです。

ここで、コーチと球団の衝突が起きます。「今はブルペンでは投げず、遠投と体幹をやろう」という方針に対し、「投げ込まなきゃコントロールもスピードもつかない」と現場が動いてしまう。番組では、これでは分からなくなってしまう、と語られていました。

企業でも、まったく同じ衝突が起きています。方針が悪いのではなく、方針が現場の言葉に翻訳されていないのです。管理職の仕事とは、経営の大方針を、現場が自ら動き出せる形に翻訳することに他なりません。

5. 「お仲間を連れてくる球団は、強くならない」――仲良しと、関係の質は違う

番組で、思わず膝を打った箇所があります。監督が代わるたびに「お仲間」を一式連れてくる球団がある。ああいう球団は、やっぱり強くならない、と。

聞き手が、率直に返します。ファンからすると、仲が良いほうが強くなりそうだ、関係性がある方がスムーズにいきそうだ、と。私は、これは非常に大事な誤解だと思います。

心理的安全性という言葉が広まって以来、「仲の良い職場をつくること」が目的化してしまっている組織を、よく見かけます。しかし、心理的安全性とは、居心地の良さのことではありません。

当社の研修では、ダニエル・キムの「成功循環モデル」をお伝えしています。組織の成果は、関係の質から始まり、思考の質、行動の質、そして成果の質へとつながっていく、というものです。

ここでいう関係の質とは、率直な意見を言い合っても壊れない関係のことです。お互いの強みと弱みを理解し、弱さもオープンにできる関係。仲良しであることと、必ずしも一致しません。

同質な人間を集めた組織で何が起きるか。判断の前提を疑う人がいなくなります。前提を疑う人がいないから、思考の質が上がらない。すると、外部環境が変わったときに、変化を「脅威」としか解釈できなくなります。

そしてもう一つ。人事の基準が、組織の目的ではなく、関係になるということです。

バーナードは、組織が組織であるための要素を三つ挙げました。共通の目的、貢献意欲、コミュニケーションです。お仲間人事が組織を蝕むのは、この「共通の目的」が、いつのまにか内輪の目的にすり替わるからです。

登用の基準が「あの人と近いかどうか」になった瞬間、周囲は正確に読み取ります。
この会社で報われるのは、成果でも貢献でもなく、距離なのだ、と。

6. 出口の設計こそが、残る人へのメッセージになる

もう一つ、番組で心に残った話があります。

コーチへの通告は、選手のそれとは重みが違う、というのです。年齢も高く、家族もいる。しかも理由が明示できないことが多い。「とても良い仕事をしてもらいました」と言いながら契約しない、ということが現実に起きる。文化を変えたい、マンネリを打破したい、そのポジションを別の人に任せたい――そうした構造上の理由だからです。

そのうえで、球団は何をするか。縁のある他球団に声をかけ、トラブルではないと説明する。場合によっては、1〜2年のアドバイザーという席を用意する。最近はこの形が増えている、と語られていました。

ここに、組織文化が表れます。私は、出口の扱い方こそ、残る人へのもっとも強いメッセージだと考えています。

研修でどれだけ「挑戦を歓迎する」「率直に意見を言ってほしい」と語っても、社員が本当に見ているのは、そこではありません。

・貢献してきた人が、最後にどう扱われたか
・異論を唱えた人が、その後どうなったか
・役割を外れた人に、経営が何と言ったか

この現実のほうが、どんな理念よりも雄弁です。

中小企業では、この論点はさらに重くなります。創業期から支えてきた幹部の役割をどう変えるか。事業承継に伴って、誰にどの席を用意するか。人数が少ないぶん、一人の処遇が、全社への宣言になってしまうからです。

だからこそ、経営が問われます。構造の都合で人の役割を変えるのなら、その理不尽を引き受け、出口まで設計する責任がある、ということです。理由を偽らずに伝えること。次の場を一緒に探すこと。移行のための時間を用意すること。

それは温情ではありません。残る社員に、この組織は人を使い捨てにしないと示す、極めて戦略的な投資です。

7. 戦略とは、「やらないこと」を決めること

ここまでの話を、戦略の観点から整理しておきます。当社は、戦略をこう定義しています。

戦略とは、限られた経営資源を、どこに、どのように集中させるかを定める指針である

「戦略」とは、文字どおり「戦いを略す」と書きます。孫子が言うように、最善は戦わずして勝つこと。つまり戦略とは、どこで戦い、どこでは戦わないかを決める意思決定です。「何をやるか」ではなく、「何をやらないかを決めること」。それが戦略の真髄です。

球団のコーチ人事は、この定義の実演です。

いま、うちは育成に資源を集中する。だからデータ活用と若手育成の体制に張る。逆に、名伯楽の属人的な指導に依存する体制は、取らない。――そう決めた瞬間に、必要なコーチ像が決まり、必要でないコーチ像も決まります。

人事とは、戦略の実行そのものです。だから、逆も言えます。人事を見れば、その組織が本当に何を選び、何を捨てたのかが分かってしまう。

理念に何と書いてあるかは、当てになりません。しかし、「誰を管理職にしたか」「誰を外したか」は、絶対に嘘をつけないのです。

おわりに:コーチ人事に、組織が見える

番組の最後、まとめを問われた小林氏は、こう答えていました。

「コーチ人事に、組織が見える」
各球団のコーチ人事を見れば、その球団の文化が見える。ここは監督が大きな権力を持っているな、ここには球団としての大きな方針があるな、いや、ないな――そこまで見えてしまう。

この一文は、そのまま企業に置き換えられます。

管理職人事に、その会社の組織が見える。

最後に、自社を点検するための問いを、六つ置いておきます。次の管理職登用や組織改編の場面で、経営会議のテーブルに載せてみてください。

1時間軸

わが社で、「トップが代わっても変えてはいけないもの」は明文化されているか。それは誰が守る役割になっているか。

2評価軸

管理職の評価は、プレーヤー時代の延長(数字)で決まっていないか。「人を介して成果をあげたか」を測る項目はあるか。

3設計

ノウハウを組織に残してほしいと望むなら、それを残した人が報われる仕組みを、こちらは用意しているか。

4介し方

わが社の管理職は、正解を配る人になっていないか。部下が自ら動き出す状態を、設計できているか。

5同質性

登用の基準は、組織の目的と結びついているか。それとも、距離の近さになっていないか。

6出口

役割を外れる人に対して、理由を誠実に伝え、次の場まで設計しているか。それを、残る社員はどう見ているか。

このうち一つでも、答えに詰まったなら――それは経営の怠慢ではなく、多くの日本企業に共通する構造上の空白です。裏を返せば、そこに手を入れられる会社は、明確な差をつけられます。

人は弱い生き物です。私たちは、人間を性善説でも性悪説でもなく、性弱説――放っておけば楽なほうへ流れてしまう存在として捉えています。だからこそ、精神論ではなく、設計が要る。管理職に「頑張れ」と言うのではなく、頑張りが実る構造をつくる。

そして、その構造の意思は、いつも人事に表れます。

あなたの会社の管理職人事を、社員はどう読み解いているでしょうか。

その答えは、理念やスローガンの中にはありません。この半年間に、誰が上がり、誰が外れ、そのとき経営が何と説明したか――その事実の中にしかないのです。

本稿について/参照した主な理論

本稿は、YouTube番組「小林至のマネーボール」(元福岡ソフトバンクホークス取締役・小林至氏)で語られたプロ野球のコーチ人事に関する議論を素材に、組織論としての示唆を筆者の視点から考察したものです。番組内の発言は要旨として紹介しており、解釈の責任はすべて筆者にあります。なお、「Don’t over teach」のエピソードは同番組とは別に、権藤博氏の著書から紹介しています。

  • マネジメントの目的(長期的な組織の成果の最大化)/ピーター・F・ドラッカー
  • マネジメントの定義(人を介して成果をあげる技術)/全米マネジメント協会(AMA)
  • 組織の3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)/チェスター・I・バーナード
  • 組織の成功循環モデル(関係の質→思考の質→行動の質→成果の質)/ダニエル・キム
  • 戦略の本質(戦わずして勝つ/選択と集中)/『孫子』
  • 「Don’t over teach(教えすぎるな)」のエピソード/権藤博『権藤主義 唯一無二の痛快野球論』(ベースボール・マガジン社、2023年)

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Tetsuro

Tetsuro

株式会社 2E Consulting 代表。中小企業診断士。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。一橋大学社会学部卒。三菱商事にて製鉄用石炭・鉄鉱石のトレーディング・事業開発・投資事業に携わり、インド・ドイツ・シンガポールに9年間駐在。海外駐在において現地人材の育成・組織開発に携わる中で人材育成に興味を持ち、企業向け研修会社に転職、年間2,000人の受講生にビジネススキルを教える。Harvard Business School Program for Leadership Development 修了(2019年)。その後、独立し、中小企業診断士として数多くの企業経営の現場で経営改善に従事している。

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