「あの人を、どうにかしてもらえませんか」
人事のもとには、こういう相談が届きます。愚痴ばかりで手を動かさない人。明らかに手を抜いている人。周囲のメンバーが次々に疲弊していく。現場のマネジャーは言います。「あの一人さえいなければ、うちのチームは回るんです」と。
古いドラマの言葉を借りれば、「腐ったみかん」を箱から出せ、というわけです。そして人事は動きます。面談を重ね、異動を調整し、ときには退職の話し合いまで進める。その一人がチームを離れると、たしかにしばらくは空気が軽くなります。
ところが、半年ほど経つと、同じ部署から同じ相談が届くのです。名前だけが変わって。
この「またか」に心当たりのある方へ
- 「問題社員」の相談が、同じ部署から繰り返し届く
- 異動や退職で対応したのに、しばらくすると再発する
- 特定の部署だけ、離職や休職が続いている
- 管理職に指導しても、職場の空気が変わらない
この記事では、組織行動学の研究を手がかりに、なぜ人を入れ替えても職場が良くならないのか、その連鎖がどこから始まっているのか、そして人事・研修設計者はどこに手を入れるべきなのかを考えます。
なぜ私たちは「人」のせいにしてしまうのか
最初に、私たち自身の目の癖を確認しておく必要があります。
社会心理学には根本的な帰属の誤り(fundamental attribution error)という、よく知られた概念があります(Ross, 1977)。人の行動の原因を説明するとき、私たちは本人の性格や資質を過大に見積もり、その人が置かれた状況の力を過小に見積もる、という認知の偏りです。
遅刻した部下を見て「だらしない人だ」と思う。会議で発言しないメンバーを見て「やる気がない」と思う。そのとき、渋滞や、発言をあざ笑う空気といった状況要因は、視界に入りにくい。この偏りは誰にでもあります。人事のプロでも例外ではありません。
「問題社員」というラベルは、この帰属の誤りが組織的に固定されたものだと考えることができます。原因が「あの人の資質」に見えている限り、打ち手は「あの人を替える」しかありません。そして冒頭のとおり、その打ち手は繰り返し失敗している。だとすれば、見るべきは資質ではなく、状況のほうではないか。ここから、研究を確認していきます。
研究が示す3つの事実:問題行動は「資質」では説明できない
事実1:チームの成果は「最も低い一人」に引きずられる
まず、現場の実感が正しい部分からです。
組織心理学者バリックらは、実際に稼働している51の業務チーム(652名)を対象に、メンバー個々の能力・特性とチーム成績の関係を調べました。このとき彼らは、チームの特徴を「平均」だけでなく「最も低いメンバーの水準」(最小値)でも測るという方法をとっています(Barrick et al., 1998)。一人の水準がチーム全体を代表しうる、という発想です。
この発想は、その後の研究で裏づけられました。89の研究を統合したベルのメタ分析では、実際の職場チームの成績を強く予測する変数の一つとして、チーム内で最も協調性の低いメンバーの水準が浮かび上がっています(Bell, 2007)。平均がどれほど高くても、最も低い一人の水準がチームの成績を左右するのです。
一人の不調が全体を沈める。ここまでは、現場の直感どおりです。だからこそ「あの一人を外せば戻る」という発想が生まれます。問題は、外しても戻らないという現実のほうです。
事実2:問題行動は、資質ではなく状況から生まれる
経営学者シュヴァイツァーらは、示唆的な実験を行っています(Schweitzer et al., 2004)。参加者に課題を解かせ、一部のグループには具体的な達成目標を課したところ、目標にあと一歩届かなかった人たちが、自分の実績を水増しして報告し始めたのです。「ベストを尽くせ」とだけ言われたグループでは、この現象は目立ちませんでした。
参加者は選別された「質の悪い人間」ではありません。ごく普通の人たちです。届きそうで届かない目標と、未達を申告しにくい構造。この組み合わせが、普通の人の手を偽装に伸ばさせた。つまり、不正やごまかしは性格の産物である以前に、状況の産物なのです。
補足:ストレッチ目標そのものが悪いわけではありません。分かれ目は、「届きません」と正直に言った人がどう扱われるかにあります。正直な申告が評価を直撃する運用のもとでは、ごまかしは合理的な自衛策になってしまいます。
事実3:問題行動は3つの形をとり、周囲に伝染する
では、追い詰められた人はどんな振る舞いに出るのでしょうか。フェルプスらは、チームを蝕むメンバーの行動を3つに整理しています(Felps et al., 2006)。
チームを蝕む3つの行動類型
類型1 努力の出し惜しみ
やれるのにやらない。負担を減らし、誰かに回す
類型2 対人的な逸脱
攻撃、責任の押し付け、人前での批判
類型3 ネガティブ感情の表出
ため息、冷めた態度。言葉にせず場の温度を下げる
そして、これらの振る舞いは本人の周りに留まりません。フォークらの実験では、無礼な振る舞いは一度受けるだけで、あるいは横で見ているだけでも、その人が次に接する相手への振る舞いに影響していきました(Foulk et al., 2016)。しかもこの伝染は自動的に起こり、移された本人にほとんど自覚がありません。
ここに、冒頭の「またか」の答えの半分があります。問題行動は感染症のように広がっているのに、私たちは最初の一人を隔離することしかしていない。すでに広がったものには、手をつけていないのです。
「恐れ駆動」への切り替わり:問題社員が生まれるメカニズム
ここまでの研究を、私たちは次のように読み解いています。
人の判断には、二つのモードがあります。
自己基盤駆動
- 「何のために働き、どうありたいか」という軸から判断する
- 未達や失敗を、事実として扱える
- 周囲に正直な申告と相談ができる
恐れ駆動
- 罰・評価・見捨てられることへの恐れから判断する
- 未達や失敗を、隠すべきものとして扱う
- ごまかし・出し惜しみ・攻撃が自衛策になる
「問題社員」と呼ばれる人の多くは、生まれつきそうだったのではなく、恐れ駆動に切り替わった人です。そして研究を突き合わせると、人を恐れ駆動に切り替えさせる条件が見えてきます。
人を恐れ駆動に切り替えさせる3つの条件
条件1 言えない目標
未達や限界を正直に申告すると罰される(Schweitzer らの実験が示した構造)
条件2 上からの圧の直撃
上司からの敵対的な扱い。上司の攻撃的な言動は部下の心身と職務態度を確実に損なう(Tepper, 2000)
条件3 孤立
相談できる相手も、状況を変える裁量もないまま、責任だけを負っている状態
この3条件が揃った場所では、誰が座ってもやがて恐れ駆動に切り替わります。人を入れ替えても同じ席で同じことが起こるのは、このためです。私たちが入れ替えてきたのは人であって、その席に働く力のほうは一度も変えていなかったのです。
連鎖の中継点:自己基盤力の低い上司が、恐れ駆動の部下を量産する
では、この3条件は誰が作っているのでしょうか。
モーリッツらの研究は、上司の敵対的な振る舞いが、さらにその上の管理層から流れ落ちてくることを示しています(Mawritz et al., 2012)。上で受けた圧が、形を変えて下へ渡っていく。この連鎖の中継点に立っているのが、中間管理職です。
私たちは、マネジメントに必要な力を3階建てで捉えています。土台に自己基盤力(何のために働き、どうありたいかというマネジメント観)、その上に課題解決力と他者影響力。スマートフォンにたとえるなら、自己基盤力はOS、個別のスキルはアプリです。
自己基盤力という土台が細った上司は、自らが恐れ駆動で動きます。数字への恐れが詰問になり、評価への恐れが責任の押し付けになり、保身が部下の正直な申告を封じます。悪意ではありません。本人も気づかないうちに、上から受けた圧の中継器になっているのです。
こうして、自己基盤力の低い上司が、恐れ駆動の部下を生みます。恐れ駆動に切り替わった部下は、出し惜しみ・攻撃・ネガティブ感情という形で周囲に影響を広げ、フォークらが示した伝染のメカニズムでチーム全体の空気を変えていく。チームの空気を最終的に決めているのは、直属上司の判断のモードだと言ってよいでしょう。
もう一段上を見る:その上司を生んだのは、風土であり制度であり経営である
ただし、ここで矛先を管理職に向けて終わるなら、それは根本的な帰属の誤りを一段上の階層で繰り返しているだけです。「問題社員」の代わりに「問題管理職」を探し始めた組織は、同じ失敗をもう一周します。
恐れ駆動の上司は、どこで生まれたのか。逃げ場のない目標を管理職に課しているのは、制度です。「届きません」と言った瞬間に評価が下がる運用を続けているのは、評価の仕組みです。プレイヤー業務を抱えたままマネジメントを上乗せしているのは、組織設計です。そしてそれらを黙認しているのは、経営です。
つまり、自己基盤力の低い上司を生み出しているのは、組織風土であり、制度であり、経営でもある。部下を恐れ駆動に切り替えさせた上司自身が、一段大きな構造の中で恐れ駆動に切り替えさせられた一人だった、ということです。
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人事・研修設計者が引ける2本のレバー
見立てを「資質」から「状況」へ移すと、打ち手も変わります。人事・研修設計者が実際に引けるレバーは2本あります。
レバー1:恐れ駆動の3条件を点検する
「問題社員」の相談が届いたとき、本人の指導歴を調べる前に、その席の周りを点検してみてください。
- 言えない目標になっていないか:未達を正直に申告した人と、ごまかして帳尻を合わせた人の、どちらが得をする評価運用になっていないか
- 圧が直撃していないか:その人の直属上司は、さらに上からどんな圧を受けているか。1on1は正直な申告の経路として機能しているか
- 孤立していないか:責任と業務量が、その席に不釣り合いに偏っていないか
レバー2:管理職の自己基盤力を育てる
制度や風土の改革には時間がかかります。その中で、研修設計者が最も直接触れられるのが、連鎖の中継点に立つ管理職の自己基盤力です。
上司が恐れ起点の判断から自分の軸を起点にした判断へ戻れると、上から落ちてくる圧はそこで濾過されます。部下が「届きません」と言える。言われた上司がそれを握りつぶさずに扱える。この上司が一人いるだけで、その下のチームの空気は変わります。
ここで大事なのが順序です。1on1の技法や伝え方のトレーニング、つまりアプリをいくら配っても、OSが恐れで動いたままなら、日常に戻れば元の詰問に戻ります。最初に扱うべきは、「自分は管理職として、何のために、どうありたいのか」という土台の問いです。この順序の話は「管理職研修が『やりっぱなし』で終わる4つの構造的原因」で詳しく書きました。
もう一つ、演習の題材の問題があります。恐れ駆動の連鎖は、架空のケーススタディの中には存在しません。自分の組織で、実際に誰が黙り、どの目標が「言えない目標」になっているのか。演習の題材を受講者自身の組織課題に置くからこそ、研修の場が自分の職場の構造を観測する場になります。
対比表:「資質モデル」の人事と「状況モデル」の人事
| 資質モデル | 状況モデル | |
|---|---|---|
| 問題の見立て | あの人の性格・能力の問題 | 恐れ駆動に切り替えさせる状況の問題 |
| 主な打ち手 | 注意指導・異動・退職勧奨 | 評価運用・申告経路・負荷の点検+管理職育成 |
| 管理職研修の中身 | 伝え方・技法(アプリ)の付与 | 自己基盤力(OS)を整えてからスキルへ |
| 直後の効果 | 空気が軽くなる(一時的) | 変化は地味で遅い |
| 半年後 | 別の誰かが「問題社員」と呼ばれる | 「届きません」と言えるチームに近づく |
よくある質問
Q. 本当に資質や適性に課題のある社員もいるのではないですか?
います。状況モデルは「本人の責任を免除する」考え方ではありません。行動への指導と処遇は毅然と行うべきです。ただし、同じ席で同じ問題が繰り返されているなら、資質だけでは説明がつきません。「本人への対応」と「席の点検」は、両方同時に行うものです。
Q. まず何から始めればよいですか?
「問題社員」の相談が繰り返し届いている部署を1つ選び、恐れ駆動の3条件(言えない目標・圧の直撃・孤立)を点検してください。3条件のどれかが見つかったら、その条件を作っている評価運用や上司の状態のほうに打ち手を移します。
Q. 管理職研修だけで職場は変わりますか?
研修だけでは変わりません。評価運用や目標設計といった制度側の点検が伴わなければ、研修で整えた自己基盤も日常の圧で摩耗します。逆に、制度をいじるだけで管理職の在り方に触れなければ、連鎖の中継点は残ったままです。2本のレバーを同時に引くことをおすすめします。
まとめ
- 「問題社員が悪い」という見立て自体が根本的な帰属の誤りの産物かもしれない。資質を疑う前に状況を疑う
- チーム成果は最も低い一人に引きずられる。しかしその一人を入れ替えても、席に働く力は変わらない
- 普通の人を問題行動に向かわせるのは恐れ駆動の3条件(言えない目標・圧の直撃・孤立)である
- 連鎖の中継点は管理職。自己基盤力の低い上司が恐れ駆動の部下を生み、その上司を生むのは風土・制度・経営である
- 人事のレバーは2本。3条件の点検と、自己基盤力(OS)を最初に扱う管理職研修
最後に:恐れ駆動は、性格ではなく状態です
「問題社員」も「問題上司」も、固定された資質ではありません。恐れ駆動は状態であり、状態は置かれた状況の関数です。だからこそ、状況を設計し直せば人は変わります。私たちが研修の現場で繰り返し目にしてきたのは、恐れの下に隠れていた「本当はこうありたい」が、問い直しの中で立ち上がってくる瞬間です。
あなたの組織で「扱いにくい」と呼ばれているあの人は、何を恐れているのでしょうか。その恐れは、誰から、どの仕組みから届いているのでしょうか。
その問いから、連鎖の断ち方は見えてきます。
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・「異動で対応してきたが、限界を感じている」
・「管理職研修を実施しても、職場の空気が変わらない」
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参考文献
- Ross, L. (1977). The intuitive psychologist and his shortcomings. Advances in Experimental Social Psychology, 10, 173-220.
- Barrick, M. R., Stewart, G. L., Neubert, M. J., & Mount, M. K. (1998). Relating member ability and personality to work-team processes and team effectiveness. Journal of Applied Psychology, 83(3), 377-391.
- Bell, S. T. (2007). Deep-level composition variables as predictors of team performance: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 92(3), 595-615.
- Tepper, B. J. (2000). Consequences of abusive supervision. Academy of Management Journal, 43(2), 178-190.
- Schweitzer, M. E., Ordóñez, L., & Douma, B. (2004). Goal setting as a motivator of unethical behavior. Academy of Management Journal, 47(3), 422-432.
- Felps, W., Mitchell, T. R., & Byington, E. (2006). How, when, and why bad apples spoil the barrel. Research in Organizational Behavior, 27, 175-222.
- Mawritz, M. B., Mayer, D. M., Hoobler, J. M., Wayne, S. J., & Marinova, S. V. (2012). A trickle-down model of abusive supervision. Personnel Psychology, 65(2), 325-357.
- Foulk, T., Woolum, A., & Erez, A. (2016). Catching rudeness is like catching a cold. Journal of Applied Psychology, 101(1), 50-67.
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