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妻に先立たれた夫はなぜ早く逝くのか ― 幸福の「分散投資」と自己基盤力

妻に先立たれた夫はなぜ早く逝くのか ― 幸福の「分散投資」と自己基盤力

私は普段、企業の管理職研修に登壇し、近年はとくに「自己基盤力」――自分を支える土台を強くするというテーマに力を入れています。今日は、その自己基盤力をめぐって、一つの興味深いデータの話から始めたいと思います。

一つのパラドックスから

日本は、世界の中でも少し変わった国です。

OECDが各国の生活満足度をまとめた『Society at a Glance 2024』によれば、加盟国の多くで男性の生活満足度が女性を上回るなか、日本は女性の生活満足度が男性を上回る数少ない国の一つに数えられます[1]

これは印象論ではありません。ドイツ日本研究所(DIJ)のティーフェンバッハとコールバッハーは、日本政府が2010〜2012年に実施した「国民生活選好度調査」の大規模データを分析し、日本では女性が男性より統計的にはっきりと幸福度が高いこと、しかもその男女差(10点満点で約0.45ポイント)が、欧米の先進国よりも東アジア・日本で大きいことを示しています[2]

ところが――社会的な地位や役割の男女差を測る世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数では、同じ日本は2024年に146か国中118位と、決して高い位置にはありません[3]。社会的な指標の上だけを見れば、日本の女性が特に恵まれているとは言いがたいのです。

男女平等の指標では、世界の下位。

けれど、幸福度では女性が男性を上回る。

この一見矛盾した現象を、私は長く不思議に思ってきました。そして調べていくうちに、これは「女性が恵まれている」という話ではなく、むしろ 男性の幸福の“構造”そのものに脆さがあるのではないか という仮説にたどり着いたのです。

その手がかりは、意外なところ――「配偶者との死別」をめぐる研究にありました。


第1章|配偶者を失ったあとに起きること

死別効果(Widowhood Effect)という現象

世界中の研究で、繰り返し確認されてきた現象があります。配偶者を失った後、残された側の死亡率が上昇する――「死別効果(Widowhood Effect)」と呼ばれるものです。

その規模を整理したレビュー研究によれば、配偶者との死別は死亡リスクを平均で約48%押し上げる[4]。とりわけ危険なのは直後の時期で、死別から最初の6か月間は、配偶者がいたときに比べて死亡する確率が61%も高い。そして7〜24か月かけて、その急上昇は徐々に収まっていきます[4]

なぜ、伴侶を失うことが、これほど身体に影響するのか。研究者たちは主に三つの経路を挙げます[4]

1. ソーシャルサポートの喪失 ― 結婚は感情面・生活面の支えを提供している。とりわけ、ほかに打ち明けられる相手を持たない人ほど、その喪失は大きい。
2. 生活習慣の悪化 ― 死別後に喫煙や飲酒が増え、食事や受診がおろそかになる。
3. 役割の崩壊 ― それまで分担していた家事・家計・社会的役割が一気に崩れ、適応に苦しむ。

興味深いのは、この超過死亡のうち約3分の1は経済的な不利で説明できる一方、残り3分の2は、喪失そのものがもたらす直接的な影響だと推定されている点です[4]。悲しみは、比喩ではなく、文字どおり寿命を削る。

ただし、世界平均では男女差は小さい

ここで正直にお伝えしておきたいことがあります。この世界規模のレビューでは、死別による死亡リスクの上昇は、男女でそれほど大きく変わらない(どちらも約30%)という結果でした[4]

つまり「死別が男性により厳しい」というのは、世界共通の法則ではない。ところが――日本のデータを見ると、話が変わってくるのです。


第2章|日本のデータが映す「男性の脆さ」

約9万人を追跡したJPHC研究

日本で行われた大規模な追跡調査(Japan Collaborative Cohort Study)は、40〜79歳の男性37,781人・女性52,283人、合わせて約9万人を平均9.9年にわたって追跡しました[5]

結果は、くっきりと男女で分かれました。既婚者を基準にすると――

男性では:
・配偶者と死別した男性は、全死亡リスクが1.30倍、心血管疾患の死亡リスクが1.46倍
・離婚した男性は、全死亡リスクが1.49倍
・そもそも生涯未婚の男性に至っては、全死亡リスク1.91倍、心血管疾患3.05倍という高さでした。

女性では:
・死別・離婚による死亡リスクの有意な上昇は、確認されませんでした[5]

研究者の結論は明快です。

「離婚と死別は、男性では死亡リスクの上昇と関連したが、女性では関連しなかった」[5]

伴侶を失うこと、あるいは配偶者を持たないことの代償を、日本では男性のほうが、はるかに重く支払っているのです。

最新研究 ― 死別後の男性に何が起きるか

もう一つ、2026年に報告された新しい研究があります。米ボストン大学の柴田航一郎氏らが、日本の高齢者約2.6万人を追跡した「日本老年学的評価研究(JAGES)」のデータを分析したものです[6]。つまり、これも“日本人のデータ”です。

研究チームは、死別を経験した約1,000人を対象に、認知症・死亡・うつ・幸福度・社会的サポートなど37もの健康指標を、2013年・2016年・2019年と追いかけました。すると――

配偶者を失った男性は:
・認知症リスク、死亡リスク、日常生活機能の低下リスクが上昇
・抑うつが増え、幸福感と社会的サポートが低下
・飲酒量が増加
・社会的な活動は増えたのに、肝心の「情緒的な支え」は得られていなかった

配偶者を失った女性は:
・幸福感の低下は一時的なものにとどまった
・抑うつの増加は見られなかった
・むしろ数年後にはかえって幸福感・生活満足度が高まる傾向さえあった
・活動量はやや減ったが、全体として高いレジリエンス(回復力)を示した[6]

なぜ、これほど違うのか。研究を率いた柴田氏は、その理由を文化的な性別役割に求めています。男性の人生は「仕事を中心に回りがち」で、情緒的な支えを配偶者に強く依存している。一方、女性はしばしば介護やケアの担い手であり、死別は皮肉にも「その負担からの解放」という側面を持ちうる、と[6]

「配偶者を失うことは、悲しみだけにとどまらず、はるかに多くのものに影響を及ぼす、人生を揺るがす出来事なのです」(柴田航一郎)[6]


第3章|仮説:男性は幸福を「集中投資」している

ここから先は、データそのものではなく、私の解釈です。

これらの研究を並べると、一つの像が浮かび上がってきます。日本の男性、とりわけ私と同じように長く第一線で働いてきた世代の多くは、知らず知らずのうちに 「仕事=自分の価値」 という等式を生きてきました。その結果、人生の価値の置き場所が、仕事配偶者という、わずか二つに強く集中していく。

これは投資にたとえると分かりやすい。全資産の8割を一つの銘柄に投じているようなものです。相場が好調なうちはいい。けれど、退職・役職定年、降格・異動、失業、そして配偶者との死別――こうした「銘柄の暴落」が起きたとき、人生全体が一気に値崩れを起こす。

JPHCやJAGESのデータが見せていたのは、まさにこの暴落の瞬間ではなかったか。仕事という柱を定年で失い、配偶者という最後の支えを死別で失ったとき、ほかに価値の置き場所を持たない男性は、心も体も急速に崩れていく。データはそれを冷徹に記録しているように見えます。


第4章|仮説:女性は幸福を「分散投資」している

対照的に、多くの女性は――あくまで一般論ですが――人生のなかに複数の役割やつながりを抱えています。家族、友人、趣味、地域、学び、そして仕事。価値の置き場所が、自然と分散している。だから、そのうちの一つを失っても、人生全体は崩れにくい。JAGESで死別後の女性が高い回復力を見せたのも、この「分散」と無関係ではないはずです。

ここで一つ、添えておきたいことがあります。これは「だから女性のほうが優れている」とか「男性は劣っている」といった、優劣の話ではまったくありません。男女のどちらが上か下かという比較ではなく、価値の置き場所を複数持つという生き方そのものに、私たちが学べるヒントがある――そういう話です。

多くの女性が、自然と身につけてきた「幸福を分散させる生き方」。

その生き方にこそ、性別を問わず、私たちが学べるものがあるのではないか。

そして仕事一本に価値を集中させやすいという幸福の脆さは、誰かを責めるための話ではなく、自分自身の生き方を見直すきっかけとして、正面から受け止めたい――そう思うのです。


第5章|幸福のポートフォリオという見方

ここまでの話を、一枚の図に整理してみます。

幸福のポートフォリオ ― 価値の置き場所を、いくつ持っているか ― 集中投資型 80 / 20 仕事80% 配偶者20% 仕事 or 配偶者を失うと 人生全体が大きく揺らぐ 分散投資型 20 ×5 仕事20% 家族20% 友人20% 趣味20% 学び・地域20% どれか一つを失っても 人生全体は持ちこたえる

幸福とは、単一の成功の「大きさ」ではない。価値の置き場所を、いくつ持っているかという、ポートフォリオの設計問題なのではないか。そう考えると、見える景色が変わってきます。

そして資産運用と同じで、ポートフォリオの組み替えは、暴落が起きる前にしかできません。定年後に、あるいは伴侶を失ってから慌てて分散しようとしても、間に合わないことが多い。だからこそ、まだ仕事が順調な「いま」が、組み替えの好機なのです。


第6章|コーチングが教えてくれること ― バランスホイール

苫米地英人博士が提唱する認知科学コーチングには、バランスホイールという考え方があります。人生を複数の領域に分け、その一つひとつに「未来のゴール(やりたいこと)」を持つ、という発想です。

バランスホイール 人生を複数領域に分け、それぞれに未来のゴールを持つ 健康 家族 人間関係 趣味 学び 社会貢献 仕事 お金 自己 基盤力 複数の領域に拠り所があるほど、一つが揺らいでも自分は崩れない

幸福度が高い人は、たいてい人生の複数領域に「これからやりたいこと」を持っています。一つの領域でつまずいても、ほかの領域のゴールが自分を前に引っ張ってくれる。これは、前章の「分散投資」と、見事に重なります。バランスホイールとは、いわば幸福のポートフォリオを未来に向かって設計する技術なのです。


第7章|自己基盤力とは、価値の置き場所を複数持つ力

ここで、私がコーチングの現場で大切にしている 「自己基盤力」 という言葉につなげたいと思います。自己基盤力を、私はこれまで「自分を支える土台の強さ」と説明してきました。今回、これだけの研究を読み解いてきて、私はこの言葉をもう一段深く定義し直せるのではないかと考えています。

自己基盤力とは、人生の複数領域に、自己価値の拠り所を持つ力である。

■ 自己基盤力が低い状態

仕事がうまくいかない ↓ 自己価値が下がる ↓ 幸福度が下がる

仕事という一本の柱に、自分の価値のすべてを預けている状態です。柱が揺れれば、自分も揺れる。

■ 自己基盤力が高い状態

仕事以外にも、家族・趣味・学び・仲間・社会貢献 といった複数の拠り所がある ↓ 一つが揺らいでも、自分自身は崩れない(レジリエンス) ↓ 幸福度が保たれる

自己基盤力とは、根性や精神論ではありません。自分の価値を、どこに、いくつ置いているかという、生き方の設計の問題なのです。そしてそれは、いまからでも組み替えられる、後天的に鍛えられる「力」です。


第8章|管理職研修の現場で ― 自分史ワークが映す男女差

私は普段、企業の管理職研修に登壇しています。そのなかで、自己基盤力を強めるために必ず行うワークがあります。「自分史」を振り返るワークです。

これまでの人生を時間軸で振り返り、「自分を支えてきたもの」「価値を感じた瞬間」を書き出していく。シンプルな作業ですが、ここに、これまで見てきた研究とまったく同じ構図が、毎回のように現れます。

男性の管理職は、振り返りが仕事の出来事に偏りがちです。昇進、大きなプロジェクト、苦しかった異動、達成した数字――。語り出すと止まらない。ところが「仕事以外では?」と問いかけると、ふと言葉に詰まる方が少なくありません。

一方、女性の参加者は、仕事の話に加えて、趣味やコミュニティ、友人、学び、地域とのつながりについても自然に語ることが多い。価値の置き場所が、初めから複数に分かれているのです。

これは優劣の話ではありません。けれど、第3章・第4章で見た「集中投資」と「分散投資」の違いが、研究データの中だけでなく、研修室の中でも同じようにくっきりと現れる。私はこれを目にするたびに、はっとさせられます。

だからこそ、管理職研修で自己基盤力を扱う意味があると、私は考えています。自分史ワークの本当の狙いは、過去を懐かしむことではありません。「いま自分の価値が、どこに、どれだけ偏って置かれているか」を可視化することにあります。

とりわけ管理職は、責任が重く、仕事が人生の中心になりやすい立場です。だからこそ――役職定年や引退を迎える前に、自分のポートフォリオを見つめ直す。その最初の一歩が、自分史の振り返りなのです。


おわりに ― 日本社会への、そして自分への問い

今回見てきたデータと仮説は、最後に、一つの問いを静かに投げかけてきます。

男性は、仕事以外の場所に、自分の価値を置けているだろうか。

これは個人の幸福の話であると同時に、社会全体のウェルビーイングの話でもあります。仕事という一本の柱に価値を集中させた人が、これから大量に定年を迎えていく。その社会は、表面の活況とは裏腹に、静かに脆さを抱え込んでいきます。JPHCやJAGESのデータは、その脆さの輪郭を、すでに私たちに見せてくれているのかもしれません。

そしてこの問いは、そのまま私自身に返ってきます。あなたにも、きっと。

あなたの人生のポートフォリオは、いま、どんな配分になっていますか。

もし仕事の比率が8割を超えているなら――大丈夫、それは今日から少しずつ組み替えていけます。家族との時間に、長く会っていない友人に、ずっと気になっていた学びに、地域や社会とのつながりに、少しずつ価値を置き直していく。

自己基盤力とは、そのための力です。そしてその力を育てるのに、早すぎることも、遅すぎることも、ありません。

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脚注・出典

  1. OECD (2024) Society at a Glance 2024 ― Life satisfaction. 日本は女性の生活満足度が男性を上回る数少ないOECD加盟国の一つ。リンク
  2. Tiefenbach, T. & Kohlbacher, F. (2013) Happiness and Life Satisfaction in Japan by Gender and Age. DIJ Working Paper 13/02, German Institute for Japanese Studies. 女性の幸福度が約0.45ポイント(10点満点)高く、男女差は欧米より東アジア・日本で大きい。データは「国民生活選好度調査」(2010–2012)。リンク
  3. World Economic Forum (2024) Global Gender Gap Report 2024. 日本は146か国中118位。リンク/報道:Reuters (2024-10-01) リンク
  4. Moon, J. R. et al. The Widowhood Effect. 配偶者との死別は死亡リスクを平均約48%上昇させ、最初の6か月で死亡オッズが61%上昇。超過死亡の約2/3は喪失の直接的影響と推定。リンク
  5. Ikeda, A. et al. Marital Status and Mortality among Japanese Men and Women: the Japan Collaborative Cohort Study. 40–79歳の男性37,781人・女性52,283人を平均9.9年追跡。死別男性の全死亡リスク1.30倍・心血管疾患1.46倍、離婚男性1.49倍。女性では死別・離婚による有意な上昇なし。リンク
  6. Shiba, K. et al. (2026) Spousal Loss Linked to Higher Risk of Dementia, Mortality Among Men but Not Women. Boston University School of Public Health. 日本老年学的評価研究(JAGES、約2.6万人)のデータ分析。死別後、男性は認知症・死亡・うつのリスクが上昇し社会的サポートが低下する一方、女性は高い回復力を示した。リンク
Tetsuro

Tetsuro

株式会社 2E Consulting 代表。中小企業診断士。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。一橋大学社会学部卒。三菱商事にて製鉄用石炭・鉄鉱石のトレーディング・事業開発・投資事業に携わり、インド・ドイツ・シンガポールに9年間駐在。海外駐在において現地人材の育成・組織開発に携わる中で人材育成に興味を持ち、企業向け研修会社に転職、年間2,000人の受講生にビジネススキルを教える。Harvard Business School Program for Leadership Development 修了(2019年)。その後、独立し、中小企業診断士として数多くの企業経営の現場で経営改善に従事している。

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