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PL脳から「未来から逆算する経営」へ

PL脳から「未来から逆算する経営」へ──朝倉祐介氏のファイナンス思考が私たちに問うもの | 2E Consulting
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COLUMN / 2026.05.01
FINANCE × MANAGEMENT

PL脳から「未来から逆算する経営」へ
──朝倉祐介氏のファイナンス思考が私たちに問うもの

「気持ち悪さ」の正体

シニファアン共同代表の朝倉祐介氏が語るファイナンス思考の話を聞いていて、深く頷いた言葉がありました。

「ファイナンスっていうのは、自分たち皆さんが参加しているゲームのルールだからなんですね」

私自身、三菱商事で15年の海外駐在を経て独立し、いまは管理職育成の研修やエグゼクティブコーチングを生業にしています。研修の現場で出会う優秀な管理職の方々には、共通する「気持ち悪さ」があります。売上目標を達成し、部下も育て、評価面談もこなしている。なのに、自分の仕事が長期的に何の価値を生んでいるのかが、どこかで掴めていない――。

この感覚は、サボっているからでも、能力が足りないからでもありません。自分が立っているゲーム盤のルールが、説明されていないだけなのです。フットサルの試合に呼ばれて、それが親善試合なのかリーグ戦なのかトーナメントなのかを知らされないままピッチに立たされている。優秀な人ほど、その違和感に敏感です。

ファイナンスは「経理の知識」ではなく「経営のOS」

私は管理職研修で、よくOSとアプリの比喩を使います。1on1の進め方や評価面談の技法は「アプリ」です。一方、その下で動いている自己基盤力や思考の型は「OS」にあたります。OSが古いままアプリだけを更新しても、システムは動きません。

ファイナンスは、まさに経営のOSです。簿記や財務分析が「アプリ」だとすれば、ファイナンス的思考はその下で「何を未来に投資し、何を削るか」という意思決定の根拠を与えるOSです。だから、財務部にだけ任せておけばよいものではない。すべての管理職に、このOSの更新が必要なのです。

朝倉氏が警鐘を鳴らす「PL脳」は、このOSが旧式のまま止まっている状態です。「増収増益こそが社長の使命」「無借金経営こそが健全」「黒字だから問題なし」――一見正しく聞こえるこれらの言葉から、決定的に欠けている視点があります。資本コスト時間軸です。

「割引率」と「現在価値」という二つの装置

私が研修で必ず受講者に投げかける問いがあります。

「1億円を投資して、100年で5億円を生み出す事業があります。儲かりますか?」

ほとんどの方が「儲かる」と答えます。しかし、資本コスト(仮に8%)で割り戻すと、5億円の現在価値は約6,250万円にしかなりません。額面では5倍になっていても、判断としては「実行しない」が正解です。

ここに登場するのが、ファイナンス思考の二大装置である割引率(ハードルレート=WACC)現在価値(PV/NPV)です。同じ事業でも、期待利回り8%と置くか10%と置くかで、判断は反転します。ラーメン屋に1,300万円を投資し、年200万円を10年回収して、最後に100万円で売却する案件を、8%なら実行・10%なら不実行に振り分ける。同じ事業でも、ハードルレートの設定一つで結論が変わるのです。

PLの数字だけを見ていれば「売上が上がっている」「利益が出ている」で意思決定が済んでしまいます。しかしファイナンス思考は、その背後に「お金を調達するには必ずコストがかかる」という事実を持ち込みます。3%の利回り商品を、8%の借入で買えば、PLは黒字でも実質は赤字です。経営の必須条件は、ROIC(投下資本利益率)がWACC(資本コスト)を上回ること――この一行を握れているかどうかが、PL脳とファイナンス思考の分水嶺になります。

PL脳とファイナンス思考の対比

朝倉氏の整理に、私自身の研修で使っている対比を重ねると、こうなります。

PL脳が見ている世界 ファイナンス思考が見ている世界
売上・利益(意見)キャッシュ(事実)
単発の利益(単利)再投資による複利的成長
販管費削減=正義R&D・マーケは「資産的要素のある費用」
収益総額で判断割引率で割り戻した現在価値で判断
キャッシュ=経理の話キャッシュ=投資の燃料(CCC短縮は経営課題)
黒字なら問題なし資本コストを上回らなければ実質赤字
過去から現在を整える未来から現在を引き戻す

JFEと日本製鉄では、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の差が約55日あり、これは数千億円規模の投資余力の差として現れます。Amazonに至ってはCCCをマイナス化し、生み出したキャッシュを建々とR&Dに投じ続けてきました。彼らは別の星に住んでいるのではありません。別のOSで意思決定をしているだけです。

◆ ◆ ◆

「ありたい姿」から現在を引き戻す

私は管理職研修で、目標設定について次のように話しています。

目標とは、ありたい姿から現在を引き戻すための基準である。

問題が起きたから対応する「問題対応型」ではなく、ありたい未来を起点に「いま、何をすべきか」を設計する「課題設定型」へ転換しないと、組織はエネルギーがあっても前に進みません。

朝倉氏が語る企業価値の定義――「将来生み出すキャッシュフローの現在価値への割戻し」――は、まさにこの構造の財務版です。10年後の「価値ある事業」から逆算して、いまあえて赤字を掘る。それは経営の放漫ではなく、未来からのラブレターをいま受け取る意思決定です。

ここでも、PL脳との分岐が見えます。PL脳は「過去」と「現在」の数字を整えることに腐心します。ファイナンス思考は「未来」を起点に「現在」を選び直します。アカウンティングが過去分析=問題発見だとすれば、ファイナンスは未来意思決定=課題設定です。経営の翻訳者である管理職には、その両方が要るのです。

短期と長期の利害は、長期で一致する

経営現場でよく聞く声があります。「顧客に喜ばれる商品を作りたい現場と、利益を求める投資家と、給料を上げてほしい従業員。三方の利害は対立する。だから経営は綱渡りなのだ」――。

たしかに、短期ではこの三者の利害は対立します。値下げすれば顧客は喜ぶが利益は減る。賃上げすれば従業員は喜ぶが投資家のリターンは下がる。

しかし、ファイナンス思考の経営観に立てば、長期では三者の利害は一致します。価値あるサービスを適正価格で提供し続ける会社は、顧客から選ばれ続け、安定したキャッシュを生み、その一部を従業員と投資家に正しく分配し、残りを再投資する。この複利ループが回り出した瞬間に、対立は止揚されるのです。

経営とは、この長期の一致点を信じて、短期の対立を裁き続ける営みです。PL脳は、短期の対立に振り回されて疲弊します。ファイナンス思考は、長期の一致点を北極星に据えることで、短期の判断にブレない軸を持ち込むのです。

キャリアもまた「人的資本」への投資である

朝倉氏は、個人のキャリアを「人的資本への投資」として捉え直すべきだと説きます。私もまったく同感です。

若いうちにFIREや金融資産の運用に走るのは、自分の中で最も伸びしろのある資産を放置して、利回りの低い果実を急いで摘みに行くようなものです。20代・30代の労働市場価値の伸びは、どんな金融商品の利回りも凌駕します。自分という資産の現在価値を最大化する打ち手は、いつだって自分への投資なのです。

ここで決定的に重要なのが、座学だけでは人的資本は伸びないという事実です。朝倉氏の言葉を借りれば「ゴルフのスイングの本をいくら読んでも、ゴルフは上手くならない」。私の研修現場でも、ロミンガーの法則(70-20-10)、つまり経験70%・他者からの薫陶20%・座学10%を前提にしています。講義で型を入れた後に、必ずグループコーチングと現場実践に半年単位で伴走するのは、人的資本がそうやってしか積み上がらないからです。

そして、もう一つの軸が社会資本です。橘玲氏の3資本論と接続するなら、表面的な異業種交流ではなく、同じ目的やミッションを共有して試行錯誤する関係こそが資本になります。一回きりの講義注入ではなく、伴走型の研修にこだわるのは、それが社会資本の蓄積過程そのものだからです。

金融資産は、これらの結果として後からついてきます。順番を間違えてはいけません。

「人と違うこと」を肯定するOS

朝倉氏は、日本のスタートアップ・エコシステムを論じる中で、「人と違うことを一切認めない教育OS」の問題を指摘します。これは、私が管理職育成の現場で日々目にしている現象と地続きです。

評価制度が「裁定」のためだけに運用されると、部下は他己承認――上司に気に入られる答えを探すこと――に依存するようになります。自分の頭で課題を立てる力は、やせ細っていきます。アントレプレナーシップというアプリは、こうしたOSの上では動きません。

私たちが言い続けているPeople Move. Results Follow.(人が動くのが先、成果は後から)というタグラインは、ファイナンス思考が説く「未来からの逆算」と同じ根を持っています。短期のPL(数値)から逆算して人を動かそうとする経営は、長期では必ず疲弊します。人の内発的動機づけ、自己承認、判断軸――これらに投資することが、結果として企業価値の最大化につながる。これは精神論ではなく、根拠ある経営判断です。

◆ ◆ ◆

50年後の次世代に、何を遺すか

平成元年、世界時価総額ランキングの上位を独占していた日本企業は、いまや見る影もありません。30年余りの停滞の正体の一つは、私たちが未来への投資を怠り、目先のPLを整えることに腐心した結果ではないでしょうか。

研修の中で、私はよくこう問います。

「あなたの会社でいま削減対象になっている費用の中に、本当は10年後の競争力を生むはずの『資産的要素のある費用』は混じっていませんか?」

PLの見栄えのために、未来の価値ある事業を殺してしまう。それは決して、悪意ある経営者が起こしている事故ではありません。ファイナンスというOSが入っていない管理職が、善意で削っている結果です。

朝倉氏の言葉を私なりに訳し直せば、こうなります。ファイナンス思考とは、目先の数字に殺されないための生存戦略であり、未来の世代に対する責任の取り方である

結びの問い

最後に、いくつか問いを置いて筆を擱きます。

  • あなたが今日、削ろうとしているコストは、本当に「コスト」ですか?それとも、未来の自分や会社の競争力を支える「投資」ですか?
  • あなたの判断は、過去のPLから逆算されていますか?それとも、ありたい未来から逆算されていますか?
  • あなた自身のキャリアにおいて、今期の貯金額(PL)に一喜一憂していませんか?10年後のあなたの「将来価値」を高める経験という資産を、いま積み上げられていますか?

判断の軸を、PLからファイナンスへ。

人を動かす起点を、数値からPeopleへ。

今日からひとつ、書き換えてみませんか。

それが、50年後の次世代に「価値ある事業」を遺すための、いま私たち現役世代に問われている責任です。

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株式会社2Eコンサルティング
PEOPLE MOVE.  RESULTS FOLLOW.
Tetsuro

Tetsuro

株式会社 2E Consulting 代表。中小企業診断士。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。一橋大学社会学部卒。三菱商事にて製鉄用石炭・鉄鉱石のトレーディング・事業開発・投資事業に携わり、インド・ドイツ・シンガポールに9年間駐在。海外駐在において現地人材の育成・組織開発に携わる中で人材育成に興味を持ち、企業向け研修会社に転職、年間2,000人の受講生にビジネススキルを教える。Harvard Business School Program for Leadership Development 修了(2019年)。その後、独立し、中小企業診断士として数多くの企業経営の現場で経営改善に従事している。

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