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会議は、最初の5分で決まる:チェックインという小さな習慣の科学

朝9時、週次の定例会議。メンバーは時間どおりに揃っています。あなたは資料を画面に映し、先週の数字を説明し、今週の重点を伝えます。ひととおり話し終えて、こう尋ねます。

「ここまでで、何か意見はありますか」

沈黙。数秒の間のあと、誰かが小さく「特にありません」と言い、会議は次の議題へ進みます。終わってみれば、60分のうち50分はあなたが話していました。メンバーは頷いてはいましたが、本当に聞いていたのか、納得していたのか、それとも頭の中では別の仕事のことを考えていたのか。確かめるすべはありません。

会議のやり方が悪いのでしょうか。議題の立て方でしょうか。私は、それ以前の問題が見過ごされていることが多いと考えています。その会議は、始まっていなかったのです。人は揃っていました。しかし、心が揃っていなかった。この二つは、まったく別のことなのです。

この記事でわかること

  • 会議の冒頭5分「チェックイン」がなぜ効くのか(心理学・脳科学・コーチングの三つの窓)
  • 罵詈雑言が飛び交っていた経営会議が、建設的な議論の場に変わった実例
  • 明日の会議からそのまま使える、チェックインの作法5つ

アンケートで、いちばん多かった答え

先日、会議ファシリテーションをテーマにしたセミナーに登壇しました。アジェンダ設計、問いの立て方、合意形成の進め方。お伝えしたいことはたくさんありましたが、終了後のアンケートで「特に印象に残ったこと」として最も多く挙がったのは、意外にも、それらの本編ではありませんでした。

チェックインです。

チェックインとは、会議の冒頭に数分だけ取る、参加者一人ひとりが短くひと言ずつ話す時間のことです。「今の気分」「今日この場に期待すること」「最近あった小さな良いこと」。テーマは何でも構いません。重要なのは、議題に入る前に、全員が一度、自分の言葉で口を開くことです。

やることはこれだけです。特別な道具も、高度なスキルも要りません。それなのに、数あるファシリテーション技法の中で、なぜこの一番小さな習慣が、いちばん強く印象に残ったのでしょうか。

おそらく、多くの方が直感的に気づいたからだと思います。自分の会議に足りなかったのは、立派なアジェンダではなく、これだったのかもしれない、と。

本稿では、このチェックインがなぜ効くのかを、心理学、脳科学、コーチングという三つの窓から見ていきます。仕組みが分かれば、チェックインは「なんとなく良さそうな儀式」ではなく、確信を持って使える道具になります。

心理学の視点:最初のひと言が、その後のすべての発言をつくる

一つ目の窓は、心理学です。鍵になるのは心理的安全性という概念です。

心理的安全性とは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「この場では、率直に発言しても罰せられたり恥をかかされたりしない」とメンバーが信じられる状態を指します(Edmondson, 1999)。Googleが自社の180のチームを調査した「プロジェクト・アリストテレス」でも、成果を出すチームの最も重要な因子として、この心理的安全性が挙げられたことはよく知られています。

ここで注目したい研究がもう一つあります。カーネギーメロン大学のウーリーらがScience誌に発表した「集合的知性」の研究です(Woolley et al., 2010)。チームとしての賢さ、つまり集団で課題を解く力の高さを予測したのは、メンバー個々の知能の平均でも最大値でもなく、発言機会が均等に分配されていること、そしてメンバーの社会的感受性の高さでした。一部の人だけが話すチームは、優秀な人を揃えても、チームとしては賢くならないのです。

冒頭の会議を思い出してください。60分のうち50分を一人が話す会議は、この知見に照らせば、チームの知性を構造的に眠らせている会議だということになります。

では、全員が発言する会議は、どうすればつくれるのでしょうか。ここにチェックインの出番があります。心理学には「一貫性」と呼ばれるよく知られた性質があります。人は、一度とった行動と整合的に振る舞おうとする、というものです。会議の冒頭で一度でも自分の言葉を発した人は、「この場で話す人」として自分を定義し直します。最初のひと言のハードルを越えた人にとって、二度目の発言のハードルは大きく下がるのです。逆に、冒頭の30分を沈黙で過ごした人が、後半に突然手を挙げるのは容易ではありません。沈黙もまた、一貫してしまうからです。

チェックインとは、全員に「最初のひと言」を安全な形で済ませてもらう仕掛けです。気分や近況といった、正解も評価もないテーマだからこそ、誰でも安全に口を開けます。そしてその小さなひと言が、その後の60分の発言の扉を開けておいてくれるのです。

脳科学の視点:人は、身体だけ会議室にやってくる

ここから先は正直にお断りしておきます。私は脳科学の専門家ではありません。以下は、研究知見に触れた一人の実務家が立てた仮説を含みます。ご自身の実感と突き合わせながら読んでください。

まず、確かな研究知見から。ミネソタ大学のソフィー・ルロイは、注意残余(attention residue)という現象を報告しています(Leroy, 2009)。前の仕事を中途半端なまま次の仕事に移ると、注意の一部が前の仕事に残り続け、目の前の課題への集中と成果が下がる、というものです。

会議に置き換えてみてください。メンバーは前の会議から駆け込んできます。移動の直前まで顧客対応のメールを打っていた人もいます。つまり定刻に揃った時点では、身体は会議室にあっても、注意はまだ前の仕事に残っているのです。この状態のまま重要な議題に入れば、序盤の議論が上滑りするのは当然だと言えます。

チェックインで「今の自分」をひと言、言葉にする行為は、この観点から見ると、前の仕事に区切りをつけて注意をこの場に引き戻す切り替えの儀式として働いているのではないか。これが私の仮説の一つです。パソコンにたとえるなら、開きっぱなしの無数のウィンドウを一度閉じて、この会議というアプリを前面に持ってくる操作です。

もう一つ、興味深い研究があります。UCLAのアイゼンバーガーらは、集団から無視される体験をしている人の脳では、身体の痛みに反応する部位と重なる領域が活動することを示しました(Eisenberger et al., 2003, Science)。社会的に排除される痛みを、脳は身体の痛みと似た仕方で処理しているらしいのです。

だとすれば、会議で一度も声を発する機会がないまま座っている状態は、本人も自覚しないレベルで「自分はこの場に必要とされていないのではないか」という警戒を脳に走らせているのかもしれません。警戒状態の脳は、防御を優先し、率直な発言や柔軟な発想から遠ざかります。冒頭に名前を呼ばれ、自分の言葉を発し、みんなに聞いてもらう。このわずかな体験が「自分はこの場の一員だ」という安心の信号になり、脳を防御モードから思考モードへ切り替えるのではないか。これも仮説ですが、現場の実感とはよく合致します。

コーチングの視点:人は、話しながら考える

三つ目の窓は、私の本業であるコーチングです。

コーチングの世界にはオートクラインという言葉があります。人は、自分の口から出た言葉を自分の耳で聞くことで、初めて「自分はこう考えていたのか」と気づく、という現象を指します。誰かに悩みを話しているうちに、相手が何も助言していないのに考えが整理されていった経験は、多くの方にあるはずです。人は、考えてから話すだけの生き物ではありません。話しながら考える生き物なのです。

チェックインで「今の気分」を言葉にするとき、人は自分の内側に一度アクセスします。「そういえば少し焦っているな」「今日はこの議題に期待しているんだな」。普段は流れていってしまう自分の状態が、言葉にした瞬間に輪郭を持ちます。自分の状態に気づいている人は、状態に飲み込まれている人よりも、落ち着いて議論に参加できます。チェックインは、参加者全員に小さな内省の入口を用意する時間でもあるのです。

そしてもう一つ、コーチングの根幹に存在承認という考え方があります。成果を褒める「行動の承認」の手前に、あなたがここにいることに気づいていますよ、と伝える承認があるという考え方です。名前を呼ぶこと。目を合わせること。そして、あなたの言葉を聞く時間がこの場に用意されていること。チェックインは、その場にいる全員へ「あなたはお客さんではなく、この場の当事者です」と伝える、存在承認の仕組みにほかなりません。

役職や声の大きさに関係なく、一人ひとりに同じだけの時間が与えられ、誰にも遮られずに聞いてもらえる。この数分の体験の有無が、その後の場の質を大きく左右します。

紛糾する経営会議で起きたこと

ここまで三つの窓から仕組みを見てきました。ここで、チェックインの力を私が最も強く実感した場面をお話しします。チームの定例会議ではありません。経営会議です。

意外に思われるかもしれませんが、役員というのは、社内でいちばん難しい人間関係の中にいる人たちです。同期やライバルとして出世を争ってきた歴史があり、過去の意思決定をめぐる意見対立の記憶があり、感情的なわだかまりを抱えたまま同じテーブルに着いていることが少なくありません。

その状態のまま、たとえば経営合宿で「会社の10年後の戦略」のような重いテーマにいきなり入ると、どうなるでしょうか。戦略の議論のはずが、いつのまにか過去の責任の押し付け合いになり、相手の案を潰すことが目的にすり替わり、罵詈雑言に近い応酬になる。大げさに聞こえるかもしれませんが、こうした光景は決して珍しくないのです。

私が関わったある会社の経営会議でも、冒頭にチェックインを入れることにしました。テーマは、仕事とは関係のない近況です。ある役員が、こんな話をしました。

「先週末は娘の誕生日だったんですよ。それで、娘が推し活しているアイドルのコンサートに、一緒に行ってきましてね」

会議室の空気が、ふっと緩みました。興味深いのはここからです。普段その役員と対立することの多い別の役員が、後にこう漏らしたのです。「あの人にも、そういう側面があるんですね」。

人は、相手と接する機会が増え、相手の人間的な側面を知るほど、警戒が解けて好意や安心感を持ちやすくなります。心理学者ロバート・ザイオンス(Zajonc)の単純接触効果の研究(1968)に由来し、「ザイオンス効果」や「熟知性の原則」として知られる人間の性質です。肩書と議論の場でしか接したことのない相手は、いつまでも「役割」のままです。しかし人間的な側面に触れた瞬間、相手は「役割」から「人」に変わるのです。1on1で対話の土台になるラポール(信頼関係)と同じ構造が、経営会議という場でも働くのです。

ポイントは、チェックインが議論の中身を変えたわけではない、ということです。変えたのは、議論が始まる前の相手の見え方です。「出世争いの相手」「自分の案を潰しに来る敵」というラベルの向こうに、娘の誕生日にコンサートへ付き合う一人の父親が見える。すると不思議なことに、同じ反対意見を向けられても、それを人格への攻撃ではなく、視点の違いとして受け取れるようになります。意見の対立と人間の対立が、切り分けられるようになるのです。

チェックインを続けるうちに、その経営会議は変わっていきました。相手を言い負かすための議論から、お互いの視点を尊重した建設的な議論へ。議題も、資料も、メンバーも同じです。変わったのは、最初の数分だけなのです。

明日からできる、チェックインの作法

理屈と実例が揃ったところで、実践のポイントを五つだけお伝えします。

1問いは軽く、正解のないものにする

「今の気分をひと言で」「この週末の小さな良かったこと」「今日の会議に期待すること」。考え込ませる問いは不要です。評価されようのないテーマだからこそ、安全な最初のひと言になります。

2一人30秒から1分、全体で5分以内に収める

チェックインは長いほど良いわけではありません。短いからこそ毎回続けられ、続けるからこそ効きます。

3話された内容に評価やコメントを返さない

「それは甘いな」はもちろん、「いいね!」と評価することすら、次回から「良いことを言わなければ」という力みを生みます。ただ聞いて、「ありがとうございます」で次の人へ渡します。

4言い出しっぺのあなたから話す

しかも、少しだけ正直に。「実は今朝、別件のトラブルで頭がいっぱいです。この会議で一度切り替えます」。リーダーが自分の状態を開示した分だけ、メンバーの開示の天井は上がります。

5パスを認める

話したくない日は誰にでもあります。「今日はパスで」を認めることが、逆説的にこの場の安全を保証します。強制された自己開示は、承認の反対物だからです。

チェックインは技法ではなく、あなたの在り方の表明である

最後に、少し引いた視点から締めくくります。

チェックインは、やり方だけ見れば誰にでも真似できる小さな技法です。しかし続けていくと、これが技法以上のものであることに気づきます。会議の冒頭に全員の声のための時間を確保するという行為は、リーダーであるあなたの、ある宣言だからです。すなわち、この場は、私が正解を配る場ではなく、全員の頭でつくる場であるという宣言です。

私たちは、正解を与えて部下を動かすマネジメントを統制型、問いを渡して部下の内側から考えと行動を引き出すマネジメントを内発型と呼んで区別しています。チェックインは、内発型マネジメントの最小単位だと私は考えています。たった5分ですが、そこには「一人ひとりに声がある」「状態を整えてから考える」「評価の前にまず聞く」という、内発型の要素がすべて詰まっているからです。

だからこそ、逆のことも言えます。チェックインだけを形として導入しても、その後の55分であなたが一方的に話し、反対意見を遮るなら、メンバーは形骸化を敏感に見抜きます。チェックインは魔法ではありません。あなたの在り方が問われる、いちばん小さな試金石なのです。

そしてこれは、管理職個人の工夫だけの話でもありません。組織の会議文化は、経営会議の風景に似ていきます。トップが正解を配り、役員同士が言い負かし合う会議しか見たことのない管理職に、全員の声を引き出す会議を期待するのは酷な話です。逆に言えば、先ほどの経営会議の例のように、トップ層の会議が変われば、その風景は組織全体の対話の文化へ波及していきます。自社の会議の最初の5分がどうなっているか。それは、組織がメンバー一人ひとりの声をどれだけ本気で信じているかを映す、小さくて正直な鏡だと思うのです。

おわりに:人が揃うことと、心が揃うことは違う

会議の生産性というと、アジェンダ、資料、時間管理といった仕組みの話になりがちです。それらはもちろん大切です。しかしその前に、確かめるべきことがあります。

その会議は、本当に始まっているでしょうか。人は揃っていても、注意は前の仕事に残り、口は閉じたまま、心はまだ会議室に到着していないのではないでしょうか。

チェックインにかかる時間は、たった5分です。60分の会議の5分を「遠回り」と感じる方もいるかもしれません。しかし、心の揃っていない55分と、心の揃った55分。どちらがチームの知性を引き出すかは、もう明らかだと思います。

次の会議の冒頭、まずあなたから、ひと言だけ話してみてください。

「始める前に、一人ずつ、今の気分をひと言ずつ聞かせてください。まず私から」

その小さなひと言が、あなたのチームの会議を変える最初の一歩になるはずです。

参考文献

  • Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2).
  • Woolley, A. W. et al. (2010). Evidence for a collective intelligence factor in the performance of human groups. Science, 330(6004).
  • Leroy, S. (2009). Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2).
  • Eisenberger, N. I., Lieberman, M. D., & Williams, K. D. (2003). Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion. Science, 302(5643).
  • Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2).

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Tetsuro

Tetsuro

株式会社 2E Consulting 代表。中小企業診断士。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。一橋大学社会学部卒。三菱商事にて製鉄用石炭・鉄鉱石のトレーディング・事業開発・投資事業に携わり、インド・ドイツ・シンガポールに9年間駐在。海外駐在において現地人材の育成・組織開発に携わる中で人材育成に興味を持ち、企業向け研修会社に転職、年間2,000人の受講生にビジネススキルを教える。Harvard Business School Program for Leadership Development 修了(2019年)。その後、独立し、中小企業診断士として数多くの企業経営の現場で経営改善に従事している。

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