誰もケアしてくれない人
部下のメンタル不調にいち早く気づき、声をかけ、面談を設定する。1on1では部下の話に耳を傾け、悩みを受け止める。チームの雰囲気に気を配り、誰かが沈んでいればフォローする――鈴木課長(仮名)は、いわゆる「いい上司」だ。
けれど、その鈴木課長自身が今、眠れていないことを、誰も知らない。部下のケアは教わった。研修も受けた。けれど、自分自身をケアする方法は、誰からも教わっていない。そして彼は、こう思い込んでいる。「管理職が弱音を吐くわけにはいかない」と。
このシリーズでは、管理職の「罰ゲーム化」を二重役割の衝突として分解し、その処方箋として「権限移譲=手放すこと」を扱ってきました。今回はもう一歩、管理職自身の内側に踏み込みます。テーマは、管理職のセルフケアです。
ケアは「部下向け」ばかりで、「自分向け」がない
ラインケアという言葉があります。管理職が、部下のメンタルヘルスに配慮する役割のことです。多くの企業がこれを研修で教え、管理職に求めます。
それ自体は正しい。けれど、ここには大きな抜け落ちがあります。ケアする側である管理職自身のケアが、どこにも設計されていないのです。
考えてみれば奇妙な話です。部下の不調には気づけと言われ、チームの心理的安全性には責任を持てと言われる。感情の受け皿になることを期待されながら、その受け皿自身が満杯になったとき、誰がそれを空にするのか――その問いに、組織はほとんど答えを用意していません。
結果として、管理職は「ケアする人」であり続け、「ケアされる人」にはなれないまま、いつのまにかすり減っていきます。
なぜ、管理職こそ折れやすいのか
管理職が抱えるストレスには、プレーヤー時代にはなかった、固有の性質があります。四つに分けて見てみます。
「強い」と「折れない」は、違う
ここで言葉を一つ、はっきり分けておきたいと思います。「強い管理職」と「折れない管理職」は、同じではありません。
目指すべきは、硬い鎧ではなく、しなやかな芯です。そしてその芯こそ、私たちが管理職研修の土台に置く自己基盤力そのものです。
自己基盤力を、自分自身に向ける
私たちはこれまで、自己基盤力を「部下を動かす土台」として語ってきました。けれど自己基盤力は本来、まず自分自身を支えるための力です。それを、四つの実践として自分に向けてみます。
第一に、自分の状態をモニタリングする
部下の不調には気づくのに、自分の不調には鈍感――これが管理職の典型です。眠れているか、食べられているか、笑えているか。部下に向けるのと同じ観察の目を、自分にも向ける。気づくことが、すべての出発点です。
第二に、「事実」と「反応」を切り分ける
起きた出来事そのものと、それに対する自分の解釈・感情は別のものです。書評でも取り上げた『反応しない練習』が説くように、心がざわついたとき、「いま自分は反応しているな」と一歩引いて眺めるだけで、消耗は大きく減ります。出来事は変えられなくても、反応との距離は取れる。
第三に、助けを求める力を持つ
助けを求めることは、弱さではなく、スキルです。上司に相談する、同じ立場の仲間と話す、専門家を頼る――抱え込まないことは、無責任ではなく、むしろ責任ある行動です。一人で抱えて倒れることのほうが、チームへの責任を果たせません。
第四に、境界線を引く
すべての時間を仕事とチームに明け渡せば、いずれ枯れます。仕事を離れる時間、自分のための時間を、意図的に確保する。これは怠けではなく、走り続けるための補給です。
セルフケアは、わがままではなく、職務である
ここを誤解してほしくありません。セルフケアは、自分を甘やかすことでも、責任から逃げることでもありません。
管理職が倒れれば、チームは止まります。判断は滞り、部下は路頭に迷い、これまで積み上げた信頼関係も揺らぎます。つまり、管理職が自分を健全に保つことは、チームへの責任を果たすための、立派な職務の一部なのです。
飛行機の安全説明を思い出してください。「酸素マスクは、まずご自身に装着してから、お子様を手伝ってください」。自分が酸素を確保していなければ、誰かを助けることはできません。管理職のセルフケアは、これと同じです。自分を保つことが、人を支える前提なのです。
おわりに――まず、自分の状態に気づくことから
「強い管理職」を目指して鎧を重ねるほど、人は折れやすくなります。本当に強いのは、自分の弱さに気づき、しなやかに戻ってこられる「折れない管理職」です。
罰ゲームの重圧の中で、権限を手放してチームを育てながら、それでも自分を見失わずにいられること。その土台が自己基盤力であり、それは部下のためだけでなく、何よりあなた自身のためにあります。
部下の不調には、あれほど早く気づくあなたへ。最後に一つだけ問います。
今のあなた自身は、大丈夫ですか。
その問いに正直に向き合うことが、折れない管理職への第一歩です。
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