「あの人の言っていることは、たぶん正しい。でも、なぜか一緒にやりにくい」
――管理職から、こうした言葉を聞いたことはないでしょうか。間違ったことを言った部下ではなく、筋の通った、正しいことを言った部下について、です。
管理職研修では、しばしば次のようなテーマが扱われます。
- 部下の話を傾聴する
- 異なる意見を尊重する
- 心理的安全性の高い職場をつくる
- 適切なフィードバックを行う
- 1on1で部下の本音を引き出す
いずれも重要なテーマです。
しかし、こうした知識やスキルを学んだ管理職が、実際の職場で部下から耳の痛い意見を伝えられたとき、本当にその意見を受け止められるでしょうか。
表面的にはうなずきながら、内心では、
「こちらの事情も知らないくせに」
「自分のマネジメントを否定された」
「理屈は正しいが、現実が分かっていない」
「能力は高いが、扱いにくい部下だ」
と感じてしまうことはないでしょうか。
管理職が部下の意見を退ける原因は、必ずしも傾聴力やコミュニケーション能力の不足だけではありません。
その前にあるのが、部下の意見によって自分の能力、判断、立場、存在価値が脅かされたと感じる心理的な防衛反応です。
この問題を考えるうえで重要なのが、心理学で研究されてきた「正しいことをする人が、なぜ周囲から拒絶されるのか」という現象です。
この記事でわかること
- 正しい意見を言った部下ほど、なぜ静かに輪の外へ押し出されてしまうのか
- それが「性格の悪い管理職」の問題ではなく、誰にでも起きる防衛反応である理由
- 傾聴や1on1のスキルの前に、管理職研修へ「自己基盤力」を組み込むべき理由
- 人事担当者が管理職研修を設計する際の、6つの実践ポイント
正しい人が、必ずしも歓迎されるとは限らない
2008年、心理学者のブノワ・モニンらは、「The Rejection of Moral Rebels」という研究を発表しました。
実験では、参加者に、人種的な偏見を含む課題など、道徳的に抵抗を感じる課題へ取り組ませました。多くの参加者は指示に従いましたが、一部の人は原則を理由に拒否しました。
その結果、課題に直接関わっていない観察者は、拒否した人物を好意的に評価しました。一方、自分は課題に従った参加者は、同じ人物を否定的に評価しました。
さらに、その拒絶は、原則を貫いた人が実際に他の参加者を批判したからではありませんでした。
「拒否した人は、従った自分たちを否定的に見ているだろう」という、想像された非難が拒絶を媒介していたのです。
人は、自分がどの程度の存在なのかを一人では測れず、無意識のうちに周囲の誰かを物差しにしています。だからこそ、正しい行動をとった人は、周囲にとって強い「鏡」になります。
これは職場でも起こり得ます。
ある部下が、会議で次のように発言したとします。
「この進め方では、お客様に不利益が生じる可能性があります」
「これまでのやり方を、一度見直した方がよいのではないでしょうか」
「この目標設定では、現場が疲弊すると思います」
本人は、上司を攻撃したつもりはありません。組織や顧客のために、必要な問題提起をしただけかもしれません。
ところが、上司や周囲の管理職には、
- 「これまでの自分たちの判断が間違っていたと言われた」
- 「現場を管理できていないと責められた」
- 「自分たちよりも道徳的に優れていると言いたいのか」
と受け取られる可能性があります。
正しい発言は、内容が正しいからこそ、周囲にとって強い「鏡」になります。相手が何も責めていなくても、その存在によって、自分の判断や行動が映し出されてしまうのです。
「扱いにくい部下」という評価は、客観的とは限らない
この問題は、道徳的な場面に限りません。
組織行動研究者のイーサン・バリスは、レストランチェーン281店舗の店長を対象に、従業員の発言を、現在の方針ややり方に異議を唱える「挑戦的な発言」と、現在の方針を支援する「支持的な発言」に分けて検討しました。
その結果、管理者は、挑戦的な発言をする従業員について、支持的な発言をする従業員よりも業績を低く評価し、その提案も支持しにくい傾向を示しました。こうした反応には、「忠誠心が低い」という認識や、管理者が感じる脅威が関係していました。
つまり、発言の「量」ではなく「向き」――味方の声か、自分の立場を揺らす声か――が、評価を分けていたのです。
管理職による人物評価は、発言の内容や本人の能力だけで決まっているわけではありません。その発言が、「自分を支えるもの」と感じられたのか、それとも「自分の立場を揺るがすもの」と感じられたのか。この違いによって、同じ程度に熱心な部下でも、評価が変わる可能性があります。
人事の現場では、その結果が次のような言葉で表されます。
「能力は高いが、協調性に欠ける」
「正論ではあるが、周囲への配慮が足りない」
「チームの和を乱す」
「もう少し相手の立場を考えてほしい」
「優秀だが、管理しにくい」
もちろん、本当に伝え方に問題がある場合もあります。しかし、これらの評価をすべて発言者側の問題として処理すると、組織に必要な異論や問題提起まで失うことになります。
問題は「性格の悪い管理職」だけではない
ここまでの話を聞くと、「自分より正しい人を嫌うのは、嫉妬深く、心の狭い管理職だからではないか」と考えるかもしれません。
しかし、モニンらの研究は、より重要な可能性を示しています。
実験では、参加者にあらかじめ、自分にとって重要な価値や特性について記述させました。これは心理学で「自己肯定」と呼ばれる介入です。
すると、原則を貫いた人に対する否定的な評価が、見られなくなりました。
見る側の性格を変えたわけでも、拒否した人の伝え方を変えたわけでもありません。自分にとって大切な価値を思い出し、自己の足場を確認する短い作業を行っただけです。
この結果から考えられるのは、正しい人への拒絶が、単なる悪意や性格の悪さではなく、肯定的な自己像を守ろうとする防衛反応だということです。
自分の存在価値が、目の前の判断の正しさや、管理職としての有能さだけに依存している人ほど、異論を自己否定として受け取りやすくなります。
一方で、
- 「自分は何を大切にしてきたのか」
- 「自分にはどのような強みがあるのか」
- 「何のために管理職をしているのか」
- 「どのような価値を組織や顧客に届けたいのか」
という自分自身の足場を持てていれば、一つの判断を否定されたとしても、自分の存在全体が崩れるわけではありません。
部下の異論を、「自分に対する攻撃」ではなく、「組織をより良くするための情報」として捉えられる余地が生まれます。
管理職研修では、なぜ「自分を見つめ直す時間」が必要なのか
ここに、管理職研修を設計する人事担当者にとって重要な示唆があります。
管理職に対して、いきなり「部下の意見を否定せずに聴きましょう」「異論を歓迎しましょう」「心理的安全性を高めましょう」と伝えるだけでは、十分ではありません。
管理職が部下の意見を受け止められないのは、方法を知らないからだけではないからです。
実際には、部下の発言を聞いた瞬間に、「自分が否定された」「能力がないと思われた」「権威を失う」「これまでの判断を覆された」という脅威を感じています。
この状態で傾聴の型だけを学んでも、管理職は表面的にはうなずきながら、無意識のうちに発言者を遠ざけるかもしれません。
管理職研修では、他者とのコミュニケーションを学ぶ前に、管理職自身が自分を理解し、自分の価値を確認する時間が必要です。
自己基盤力とは、異論を受け止めるための力でもある
株式会社2E Consultingでは、「自己基盤力」を、変化に振り回されず、自信を持って選択し、未来を描き、前向きに行動し続けるための内なる推進力と位置づけています。
自己基盤力が高い人の自信は、他者との比較だけから生まれるものではありません。自分自身への信頼を持っているため、周囲に対して謙虚に、思いやりを持って接することができます。
反対に、表面上は自信に満ちていても、内面に強い不安や劣等感を抱えている管理職は、その弱さを守るために、部下へ高圧的、攻撃的になることがあります。
自己基盤力は、単に「自分に自信を持つ力」ではありません。管理職育成の観点から捉え直すと、自分とは異なる意見や、自分にとって耳の痛い正しさを受け止めるための心理的な基盤でもあります。
2E Consultingのテキストでは、他者からの評価や他者との比較によって満たされようとする欲求を「他己承認欲求」、自分が定めた目標の達成や、自分なりの成長から得られる充実感を求める欲求を「自己承認欲求」と整理しています。
他己承認欲求に強く支配されると、部下や同僚は、協働する仲間ではなく、自分の評価を脅かす競争相手になりかねません。部下の優秀さ、異論、成功が、自分の価値を下げるものとして映るからです。
一方、自分なりの価値観や目的を持ち、自分自身の成長を承認できる管理職は、他者の正しさを、自分の敗北として処理する必要がありません。部下の成功を喜び、部下から学び、自分の誤りを認める余白が生まれます。
自分史は、過去を懐かしむためのワークではない
自己基盤力を高める方法の一つが、自分史の作成です。
自分史というと、過去の経歴を時系列に並べるだけのワークと思われるかもしれません。しかし、目的は履歴書を詳しく作ることではありません。
幼少期から現在までを振り返り、
- 強く印象に残っている経験
- うれしかったこと
- 悔しかったこと
- 誇らしかったこと
- 大きな決断をした場面
- 困難を乗り越えた経験
を取り上げ、それぞれについて、「自分にとって、どのような意味があったのか」「その経験から、何を大切だと感じたのか」「そこで形成された価値観が、現在の判断にどう影響しているのか」を言語化していきます。
自分史の目的は、自分でも気づいていない価値観、信念、モチベーションの源泉を掘り起こすことにあります。テキストでも、深い自己理解と自信を持ち、自分の価値観や動機の源泉に沿った目的を描くための手段として、自分史を位置づけています。
このプロセスによって、「自分は、出世しているから価値がある」「常に正しい判断をするから価値がある」「部下よりも優れているから管理職である」という狭い自己像から離れやすくなります。
「自分は何を大切にしてきた人間なのか」「どのような経験を乗り越えてきたのか」「どのような場面で自分らしさを発揮できるのか」「誰に、どのような価値を届けたいのか」という、より広く、安定した自己理解を形成できるからです。
管理職の自己像が一つの業績、一つの判断、一つの役職だけに依存しなくなれば、部下からの異論によって自己全体が脅かされにくくなります。これが、自己基盤力と「正しい部下を受け入れる力」がつながる部分です。
ただし、価値観を言語化するだけでは不十分
注意したいのは、自分史を書き、価値観を言葉にすれば、必ず他者を受け入れられるようになるわけではないことです。
振り返り方によっては、「自分はこれだけ成果を上げてきた」「自分の判断はいつも正しかった」「厳しい環境を乗り越えてきた自分は強い」「部下も自分と同じように努力すべきだ」という物語を強化してしまう可能性があります。
それでは自己基盤が安定するというより、自分を守る鎧が厚くなるだけです。
したがって、管理職研修に自分史や価値観の言語化を取り入れる場合には、価値観の「強み」だけでなく、その価値観が生み出す「偏り」にも目を向ける必要があります。たとえば、次のような問いです。
「その価値観は、どのような経験から生まれたのか」
「その価値観が、自分を助けてきた場面は何か」
「反対に、その価値観によって、他者を受け入れにくくなる場面はないか」
「部下のどのような言動に、強い苛立ちを覚えるか」
「その苛立ちの背後で、自分は何を守ろうとしているのか」
「相手の問題だと思っていることに、自分の不安や防衛反応は含まれていないか」
たとえば、「責任感」を大切にしてきた管理職は、困難な状況でも仕事をやり遂げられる一方、助けを求める部下を「無責任」と判断しやすいかもしれません。「スピード」を大切にする管理職は、決断力に優れる一方、慎重に問題を指摘する部下を「動きが遅い」と評価するかもしれません。「調和」を大切にする管理職は、チームをまとめる力を持つ一方、必要な異論を唱える部下を「和を乱す人」と見なすかもしれません。
価値観そのものに善悪があるのではありません。重要なのは、自分の価値観を絶対的な基準にせず、自分の反応を観察するための材料にすることです。
管理職研修を設計する際の6つのポイント
では、人事担当者は、管理職研修をどのように設計すればよいのでしょうか。
1コミュニケーションスキルの前に、自己理解を置く
傾聴、質問、フィードバック、1on1などの技法を教える前に、自分史、価値観、強み、判断軸、ありたい姿を整理する時間を設けます。研修の順番としては、次の流れが有効です。
自己理解 → 自己受容 → 防衛反応への気づき → 他者理解 → コミュニケーションスキル
他者を受け入れる方法を学ぶ前に、まず自分自身を安定して受け止められる状態をつくるのです。
2「異論を歓迎しましょう」と精神論で終わらせない
異論を受け止められないのは管理職の意識が低いからだ、と決めつけないことです。管理職にも、自分の立場、評価、過去の判断、チーム運営を守ろうとする心理があります。そのため研修では、耳の痛い意見を受けたときに起きる内面の反応を扱います。
・その発言を聞いた瞬間、どのような感情が生まれたか
・何を否定されたと感じたか
・自分は何を守ろうとしたか
・相手の発言内容と、自分の感情を分けて考えられるか
3管理職自身の失敗や弱さを語れる場をつくる
正しい人を遠ざける防衛反応を弱めるには、「管理職は常に正しくなければならない」という前提を緩める必要があります。研修では、判断を誤った経験、部下の意見に救われた経験、自分の強みが裏目に出た経験、素直に謝れなかった経験、部下に嫉妬や脅威を感じた経験などを、安全な範囲で振り返ります。
失敗を告白させることが目的ではありません。「間違ったとしても、自分の価値全体が失われるわけではない」と実感できることが重要です。
4「部下の伝え方」と「上司の受け止め方」を分けて扱う
部下側にも、提案の届け方を工夫する余地はあります。バリスの研究が示すように、同じ発言でも、現在の方針を否定するものとして認識されると、提案者は脅威や忠誠心の低さと結びつけて見られやすくなります。したがって「今のやり方は間違っています」ではなく、「現在の取り組みをより良くするために、一つ提案があります」と伝えることには一定の意味があります。
ただし、これを「部下は上司の機嫌を損ねないように話すべきだ」という問題にすり替えてはいけません。伝え方の設計と、上司側の防衛反応への対処は、両方必要です。
5研修後の評価制度と職場環境も点検する
研修で異論を歓迎すると教えても、実際に異論を唱えた人が低く評価される職場では、従業員はすぐに学習します。「意見を言ってよい」という言葉より、次のような現実の方が、強いメッセージになります。
・誰が会議に呼ばれなくなったか
・誰に情報が共有されなくなったか
・誰が「扱いにくい」と評価されたか
・問題を指摘した人の異動や昇進がどうなったか
・上司に反対した人が、その後どう扱われたか
研修と同時に、評価項目、会議運営、提案制度、1on1、上司への多面評価などを点検する必要があります。
6一度の研修で変わると考えない
防衛反応は、知識を得ただけで消えるものではありません。実際に耳の痛い意見を受けた場面で、自分の反応を振り返り、別の行動を試し、周囲からフィードバックを受ける必要があります。そのため、管理職研修は一日で完結させるのではなく、次の循環で設計することが重要です。
研修 → 職場実践 → 振り返り → 他者からのフィードバック → 再実践
自己基盤力は、心理的安全性の「受け手側の基盤」である
心理的安全性について語るとき、私たちはつい、「部下が安心して話せる場をつくる」という、話し手側の安心に注目します。
しかし、そのためには、管理職が異論を受けても崩れないことが必要です。
管理職自身の自己像が不安定であれば、部下の正しい意見は脅威になります。そして管理職は、明確な悪意を持たないまま、
- 意見を採用しない
- 評価を下げる
- 会議から外す
- 情報共有を減らす
- 「協調性がない」と意味づける
といった形で、発言者を遠ざける可能性があります。
逆に、自分の価値観、強み、ありたい姿、他者への貢献の意味を理解している管理職は、部下の異論によって自分の存在全体が脅かされにくくなります。「自分が正しいこと」と「部下の意見が正しいこと」を、対立関係にしなくて済むのです(この「揺らがない土台」については、『今ここ』に立てる人は、なぜ強いのかでも掘り下げています)。
自己基盤力とは、自分らしく生き、自信を持って行動するためだけの力ではありません。自分とは異なる他者を受け入れ、自分にとって不都合な事実を直視し、部下の正しい声を組織に残すための力でもあります。
管理職研修を設計する人事担当者には、傾聴や1on1のスキルを教える前に、ぜひ問い直していただきたいと思います。
その管理職は、自分が何者で、何を大切にし、何のために管理職をしているのかを、言葉にできているでしょうか。
部下の異論を受けたとき、自分の感情と相手の主張を分けて考えられるでしょうか。
そして、その研修は、部下との向き合い方を教える前に、管理職が自分自身と向き合う時間を十分に用意しているでしょうか。
正しい意見を言った人が、組織から静かに押し出されないために。管理職研修は、「他者との関わり方」だけでなく、その土台にある自己基盤力から設計する必要があります。
あわせて読みたい
参考文献
- Monin, B., Sawyer, P. J., & Marquez, M. J. (2008). The rejection of moral rebels: Resenting those who do the right thing. Journal of Personality and Social Psychology, 95(1).
- Burris, E. R. (2012). The risks and rewards of speaking up: Managerial responses to employee voice. Academy of Management Journal, 55(4).
管理職の成長を、土台から支援します
2E Consultingは、自己基盤力・課題解決力・他者影響力の三層で管理職の成長を支援しています。傾聴や1on1のスキルにとどまらず、その土台となる自己基盤力から設計する管理職研修のご相談を承っています。お気軽にお問い合わせください。
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