「管理職向けに、コーチングを取り入れた研修を考えています」——そう提案したとき、役員から返ってきたのは一言、「コーチングって、あれ怪しくないのか?」。
研修を企画する立場なら、この空気に覚えがあるのではないでしょうか。管理職本人からも、「コーチングって、なんとなく怪しい」という声は、意外なほどよく聞きます。
もっとも、ひと昔前に比べれば、この空気はだいぶ薄らぎました。プロスポーツの世界ではコーチをつけることが当たり前になり、欧米のエグゼクティブが自分にコーチをつけているという話も、広く知られるようになっています。
それでもなお、「コーチングは怪しい」という感覚を持つ人は、決して少なくありません。これだけ広まった今でも、なぜ怪しく見えてしまうのか。
そして実は、その直感は、半分正しいのです。
実は私自身、コーチングには非常に大きな価値があると考えています。というより、私はコーチングをかなり深く学んできた人間です。それでも、一部のコーチングを見ていると、「これは少し怪しく見えてしまうよな」と思うことがあります。
なぜなのでしょうか。
私は、コーチングそのものが怪しいのではなく、コーチングという一つの手法が絶対視されたり、本来の目的とは違う形で使われたりすることに原因があると考えています。
そして同時に、AI時代のマネジメントを考えると、コーチングそのもの以上に重要なのが、「コーチング的な関わり方」——そしてその先にある、私が「内発型マネジメント」と呼んでいる考え方だと思っています。
今回は、コーチングを学び、実践してきた私自身の経験も踏まえながら、この問題について考えてみたいと思います。
私がコーチングに出会ったのは、ハーバード・ビジネス・スクールだった
私が本格的にコーチングに興味を持ったきっかけは、Harvard Business Schoolのプログラムに参加していたときでした。そこで、優れたコーチによるコーチングを実際に体験しました。
衝撃だったのは、コーチが素晴らしい「答え」を持っていたことではありません。むしろ逆でした。
こちらの話を丁寧に聴きながら、絶妙なタイミングで問いを投げかける。すると、それまで自分でも気づいていなかった考えが言葉になって出てくる。誰かに答えを教えてもらったわけではないのに、対話を終える頃には、
「自分はこうしたい」
「次はこれをやってみよう」
という意思が自分の中に生まれている。私は、そのコミュニケーションのあり方に強く感銘を受けました。
これをきっかけに、本格的にコーチングを学び始めました。学習と実践を重ね、最終的には国際コーチング連盟(ICF)の認定コーチになるまで学びを深めました。
さらに興味を持ったのが、「なぜコーチングは機能するのか」という問いです。
単なるコミュニケーションのテクニックとしてではなく、心理学、行動科学、脳科学などの知見まで遡って勉強していくと、コーチングで用いられている様々なアプローチには、人の認知、動機づけ、自己効力感、目標設定、行動変容などと密接に関係するものがあることが分かってきました。
そこで私は改めて、コーチングは、適切に使えば人の成長や行動変容を支援する非常に有効な手法だと考えるようになりました。
だから、私はコーチングを否定する立場ではありません。むしろ、その価値を強く感じています。それでもなお、世の中でコーチングが「なんとなく怪しい」と見られてしまう理由も分かるのです。
なぜコーチングは怪しく見えるのか
1.「コーチング」より「コーチになること」が売られている
一つ目は、その売られ方です。SNSなどを見ると、
「会社員を卒業して自由になろう」
「好きなことを仕事にして月100万円」
「未経験からコーチになれる」
「あなたの経験をお金に変えよう」
といったメッセージを目にすることがあります。もちろん、こうした表現を使っているからといって、サービスそのものが問題だということではありません。ただ、一部では、
無料セミナーに参加する
↓
個別相談を受ける
↓
高額なコーチ養成講座を購入する
↓
自分自身がコーチとして顧客を獲得する
↓
さらに「コーチになりたい人」を集める
という構造になっているケースがあります。こうなると、少し不思議なことが起きます。
本来コーチングの顧客であるはずの、「何かを実現したい人」「成長したい人」ではなく、「コーチになりたい人」が最大のお客様になっていくのです。
私は、この構造が「コーチングって情報商材みたいだな」という印象につながる一つの原因だと思っています。
2.「コーチングで人生が変わった」が、信奉に変わる
もう一つ、コーチング特有の事情があります。
コーチングでは、自分の価値観や仕事、人生、未来について深く考えます。その結果、「本当にやりたいことに気づいた」「転職する勇気が持てた」「独立を決断できた」「人生そのものが変わった」という大きな体験をすることがあります。これは素晴らしいことです。
一方で、人は自分に強烈な成功体験をもたらしたものを、過大評価することがあります。すると、
「私はコーチングで人生が変わった」
↓ 「コーチングは素晴らしい」
↓ 「すべての人にコーチングが必要だ」「人に答えを教えるのは間違っている」「コーチングこそが、人を成長させる方法だ」
と進んでしまうことがあります。ここまで来ると、コーチングという「手法」ではなく、一種の「信念体系」になってしまいます。外部から見ると、これが少し宗教的に見えてしまうのではないでしょうか。
3.本来、コーチは「いなくなること」を目指す存在である
ここは、私が非常に重要だと思っているところです。
本来のコーチングは、クライアントをコーチに依存させるものではありません。むしろ逆です。最終的には、コーチがいなくても、自分で考え、自分で意思決定し、自分で行動できるようになること。それを支援するのがコーチです。
つまり、コーチングの主役は常にクライアントです。コーチは黒子です。
ところが、一部ではこの関係が逆転してしまうことがあります。「あのコーチのおかげで人生が変わった」「あの人についていけば大丈夫」「あの人の言うことを聞いていれば成功できる」となり、いつの間にかコーチ自身が主役になる。さらに進むと、コーチが一種の「教祖」のようなポジションになってしまう。
しかし、これは私が考える本来のコーチングとはむしろ反対です。優れたコーチほど、クライアントを自分から自立させる。コーチへの依存度が高まっているのであれば、「それは本当にコーチングなのだろうか」と一度考えてみてもよいと思います。
4.弱みや不安を煽ることで契約につなげる
もう一つ、コーチングを怪しく見せている要因があります。人の弱みや不安を過度に刺激する売り方です。たとえば、
「このまま会社員を続けていていいんですか?」
「本当の人生を生きていますか?」
「あなたが成功できないのは、マインドブロックがあるからです」
「自己投資できない人は、一生変われません」
といった形で、不安を強く喚起してからサービスにつなげる。
営業という意味では、不安や課題を認識してもらうこと自体が悪いわけではありません。しかし、人の自己肯定感を下げたり、弱みを必要以上に刺激したりして、「あなたには問題がある。だから私が必要だ」という関係をつくってしまうと、これは本来のコーチングの思想とも矛盾します。
本来のコーチングは、「あなたには足りないものがある」と依存させるためのものではありません。むしろ、「あなたには、自分で未来をつくっていく力がある」という前提に立つものだと私は考えています。
そもそも、コーチングは数ある支援手法の一つにすぎない
では、コーチングとは何でしょうか。非常にシンプルに整理すると、未来に向けて、クライアント自身が答えを考えることを支援する手法です。
しかし、人を支援する方法はコーチングだけではありません。代表的には、ティーチング、コンサルティング、カウンセリング、コーチングなどがあります。
たとえば、部下がExcelの使い方を知らない。そんなときに、「あなたはどうしたいと思う?」と延々と質問しても意味がありません。教えればいい。これはティーチングです。
専門知識や経験がなく、そもそも判断材料を持っていないのであれば、専門家が知見や選択肢を提供する。これはコンサルティングです。
過去の出来事や心理的な問題が現在に大きな影響を与えているのであれば、専門的なカウンセリングなどが必要になることもあります。
そして、「自分はこれからどうしたいのか」「どんな未来をつくりたいのか」という問いについて、本人自身が答えを見つけていくのであれば、コーチングが力を発揮します。
つまり、どの手法が一番優れているか、ではないのです。大事なのは、「今、この人に何が必要なのか」です。
優れた管理職は、全部使う
これはマネジメントでも同じです。
部下に知識がなければ教える。経験が不足していれば助言する。自分で考えさせた方が成長するのであれば、問いかける。悩んでいるのであれば、まず話を聴く。必要なら明確に指示する。これらを状況によって使い分けるのがマネジメントです。
だから私は、「上司は答えを教えてはいけない」「これからの管理職はすべてコーチにならなければならない」という考えには賛成しません。新人に仕事のやり方を何も教えず、「君はどうしたい?」と問い続けたところで、本人は困るだけです。
コーチングは万能ではありません。ティーチングも、コンサルティングも、コーチングも、全部大事です。要するに、バランスです(この使い分けを見失うと、1on1も形骸化していきます。詳しくは1on1が形骸化する7つの理由をご覧ください)。
しかし、すべての手法を「コーチング的」にすることはできる
ここで私は、「コーチング」と「コーチング的な関わり」を分けて考えています。
コーチングという手法は、状況によって使い分けるものです。一方で、コーチング的な関わり方は、ティーチングにも、コンサルティングにも、フィードバックにも取り入れることができます。
では、「コーチング的」とは何でしょうか。私は4つに整理しています。
未来志向 / 強み志向 / 可能性志向 / 主体性の尊重
1.未来を見る
部下が失敗したとき、「なぜこんなことをしたんだ」と責め続けても、過去は変わりません。もちろん原因分析は必要です。しかし、それは責任追及のためではなく、次の成功につなげるために行うものです。
「今回、何を学んだ?」「次はどうしたい?」「そのために何を変える?」——最後は未来に視点を戻す。これが未来志向です。
2.欠けているものではなく、持っているものを見る
管理職は、部下のできていないところを見つけるのが得意です。しかし、「何が足りないのか」だけでなく、「何ができているのか」を見る。弱みだけではなく、強みを見る。失敗だけではなく、成功を見る。
「前回より何ができるようになったのか」「この人の強みをどう生かせるだろうか」と考える。これは、単に褒めるということではありません。本人がすでに持っている資源を使って、次の成長につなげるということです。
3.現在ではなく、可能性を見る
今できないからといって、これからもできないとは限りません。管理職自身が、「この人なら、もっとできるようになる」と信じているかどうか。これは、日々のコミュニケーションに表れます。
人を現在の能力だけで固定的に判断するのではなく、成長する存在として見る。これが可能性志向です。
4.答えを押し付けず、主体性を残す
「主体性を尊重する」と言うと、「では、上司は助言してはいけないのか」と思われるかもしれません。そうではありません。私は、上司はどんどん助言してよいと思っています。
ただし、「これが正解だから、この通りやれ」と押し付けるのか、「私はこう見えている」「こういうやり方もあると思う」「どう思う?」とフィードバックするのかでは、相手に与える影響が違います。
教える。しかし、思考を奪わない。助言する。しかし、選択する余地を残す。これが、コーチング的な関わり方です。
ティーチングだって、コーチング的にできる
たとえば、部下が仕事をうまくできなかったとします。
よくあるティーチング
「ここができていない」
「こうやればいい」
「次から間違えないように」
コーチング的なティーチング
「ここまではできていたね」
「次はここを変えると、もっと良くなると思う」
「私はこのやり方を勧めたいけれど、どう思う?」
「次はどこまでできるようになりたい?」
どちらもティーチングです。しかし後者には、未来志向、強み志向、可能性志向、主体性の尊重があります。私はこれを、「コーチング的なティーチング」だと考えています。
AI時代に必要なのは「答えを知っている上司」だけではない
そして、この考え方はAI時代にますます重要になります。
かつて管理職には、「部下より経験がある」「部下より知識がある」「だから答えを教えられる」という価値がありました。
しかしAIは、知識を調べる。分析する。文章を書く。アイデアを出す。選択肢を考える。といったことを非常に高いレベルで支援するようになっています。「答えを知っている」ことだけを管理職の価値にするのは、難しくなっていくでしょう(AIとコーチングの関係は、AIはコーチを代替するのかでも詳しく論じています)。
では、何が重要になるのか。私は、部下が自分で考え、自分で「やりたい」と思い、自分で行動できる状態をつくることだと考えています。
内発型マネジメントとは
指示や評価という外からの力で人を「動かす」のではなく、本人の内側から「やりたい」が生まれる状態をつくるマネジメント。私は以前から、「マネジメントとは、人を動かすことではなく、人が動き出す状態をつくること」と繰り返し述べてきました。内発型マネジメントは、その考え方のAI時代版だと言ってもよいかもしれません。
「やらされる」から「やりたい」へ
AIが多くの答えを提示してくれる時代だからこそ、人間にとってますます重要になる問いがあります。「では、自分は何をしたいのか?」です。
何をすべきかではなく、何をしたいのか。どうあるべきかではなく、どうありたいのか。
部下が、「やらなければいけないからやる」のではなく、「これをやりたい」「もっと成長したい」「この仕事でこういう価値を生み出したい」と思えるようにする。
その関わり方の軸が、ここまで述べてきた4つ——未来・強み・可能性・主体性です。これこそが、AI時代に必要な「コーチング的なマネジメント」だと私は考えています。
コーチングを信奉する必要はない
私はコーチングを学び、その有効性を実感してきました。今でも、コーチングは非常に価値の高い手法だと思っています。
しかし、コーチングが有効であることと、コーチングが万能であることは全く違います。
教えた方がいいときは教える。助言した方がいいときは助言する。聴くべきときは聴く。問いかけるべきときは問いかける。
大切なのは、コーチングという手法を守ることではありません。目の前の人の成長を支援することです。
コーチングは一つの手法にすぎない。しかし、コーチング的な関わり方は、すべてのマネジメントに通底する。AI時代に必要なのは、「コーチングをする管理職」ではなく、「コーチング的に関われる管理職」なのではないでしょうか。
そして、本当に優れたコーチや管理職ほど、自分自身が主役になろうとはしません。目の前の人が、自分で考え、自分で決め、自分で未来をつくっていく。最後には、自分がいなくても前に進めるようになる(この「卒業」を研修の仕組みにした形は、グループコーチングとはで紹介しています)。
支援者の存在感が大きくなることではなく、相手の主体性が大きくなること。それが、本来のコーチングであり、内発型マネジメントの目指す姿なのだと私は考えています。
「コーチング研修、うちに合うのか」から、ご一緒に
コーチングを研修に取り入れるべきか、ティーチングとのバランスをどう設計するか——貴社の管理職の現状をうかがいながら、30分で一緒に考えます。売り込みではなく、壁打ちの場としてご利用ください。
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