こんにちは、2E Consultingの山本哲郎です。
私がときどき見ている番組に、PIVOTがあります。先日、「なぜ大半の中進国は先進国になれないか?」というテーマの対談を見ました。ゲストは、国立シンガポール大学リー・クアンユー公共政策大学院で客員教授を務める田村孝太郎氏。聞き手は、PIVOTの佐々木紀彦氏です。
テーマは国家論であり、国際経済の話です。ところが聞いているうちに、私は何度も手を止めることになりました。
これは、私が管理職研修で毎回お話ししていることそのものではないか、と。
先進国は「フロー」ではなく「ストック」で決まる。忍耐の要る製造業に投資できるか。財閥やエリートが私利私欲に走っていないか。公平な制度があり、トップがそれを守っているか。健全な競争があるか。田村氏が挙げる「先進国になれるかどうかを分ける条件」は、当社が「マネジメントとは何か」「戦略とは何か」「自己基盤力とは何か」を定義するときに必ず通る論点と、驚くほど重なっていたのです。
こんな場面に心当たりのある方へ
- 今期の数字は達成しているのに、人が育たず、仕組みも残らない
- 「人材育成が大事」と言いながら、予算と評価は目先の売上にしか向いていない
- 若手の提案や新しい挑戦が、いつのまにか既存部門に潰されている
- 役員やエースには、ルールが「別扱い」になっている
もちろん、断っておかなければなりません。田村氏ご自身も対談の中で強調していたことですが、国家と企業は違います。国家は企業よりはるかに長い歴史を持ち、国民は簡単に解雇できません。国民が別の国の国民になることも、企業を移るようには簡単ではない。ですから本稿は、国家と企業を同列に論じるものではありません。
それでもあえてこの対談を素材にするのは、「集団が長期的に栄えるか、衰えるか」を分ける構造が、国家と組織とで、あまりに似ているからです。国家という極端なスケールは、企業の中では見えにくい構造を、そのまま剥き出しにしてくれます。
本稿では、対談の主な論点を五つ取り上げ、それぞれを当社のマネジメント論、戦略論、そして自己基盤力の観点から読み解いてみたいと思います。
1. 「ハリボテの虎」——先進国は、フローではなくストックで決まる
田村氏が最初に語ったのは、日本から東南アジアを訪れるビジネスパーソンの「見方」についてでした。
新興国のメガシティに降り立つと、空港はピカピカで、日本にはないようなラグジュアリーホテルが建ち、直結のショッピングモールは超モダン。「日本は負けている」と口にする人が多い、というのです。
これに対して田村氏は、フローで見るのは気をつけてほしい、と釘を刺します。人口増加と外資の流入で表面がピカピカに見えているだけの、いわば「ハリボテの虎」かもしれない。国家の本当の姿は首都ではなく地方都市に現れる。日本の田舎には、学校、道路、病院、スポーツ施設まで、分厚い社会資本の蓄積がある。一方、新興国の本当の田舎には、まだ社会資本が薄い地域が多い。先進国とはストックであり、数年の高い成長率というフローだけで簡単に上がれるものではない、というのが田村氏の見立てでした。
私はここで、当社の「マネジメントとは」というテキストの冒頭を思い出しました。
当社は、マネジメントの目的を、ドラッカーの言葉を集約して次のように定義しています。
マネジメントとは、長期的な組織の成果を最大化することである。
そして研修では必ず、こう問います。「では、その『長期的』とは、どれくらいの期間ですか」と。答えは、役職によって違う、です。縦軸に組織の階層、横軸に時間軸を取ると、現場は目の前のお客様の笑顔のために働き、店長、本部、社長と上がるほど、責任を負う時間軸は伸びていく。当たり前のようでいて、この当たり前が守られていない組織があまりにも多い。四半期の数字だけを追って組織の健全性を犠牲にする経営が、どれほどの代償を払うことになるかは、東芝の不正会計や福知山線の事故といった事例が示すとおりです。
田村氏の「フローとストック」は、この時間軸の話そのものです。
企業にも、「ピカピカの首都」があります。今期の売上、話題を集める新規事業の発表、洒落たオフィス、採用サイトの美しい言葉。どれも大切ですが、それらはフローです。一方で、企業のストックとは何でしょうか。人が育つ仕組み。判断の基準が共有されていること。顧客との信頼。異論が言える文化。当社の戦略テキストの言葉を借りれば、目に見えないからこそ真似されにくい「無形資源」です。
そして、ストックが本当の姿を現すのも、やはり「地方都市」です。トップの目が届かない現場。新人が配属された部署の三か月後。上司が不在のときのチームの会話。私は研修で企業を訪問するとき、受付の立派さや役員室ではなく、こうした場所を見るようにしています。そこにストックがあるかどうかで、その会社の五年後がかなりの精度で見えてしまうからです。
対談の中で、もう一つ心に残った言葉がありました。人口が増えているから資産になる、と安易に言う人がいるが、教育や雇用が伴わなければ、人口は国家の巨大な負債になる、という指摘です。企業に置き換えれば、こうなるでしょう。採用数はフローであって、それ自体は資産ではない。育成の仕組みというストックが伴わなければ、増えた人員はむしろ負債になる。「豊かになる前に老いる」新興国の姿は、「仕組みが整う前にベテランが去っていく」組織の姿と、重なって見えます。
2. 「忍耐の製造業」に投資できるか——戦略とは、やらないことを決め、捨ててはいけないものを守ること
対談の核心は、ここでした。
なぜ多くの国が「中進国の罠」を抜けられないのか。田村氏の答えは、自国に強い製造業がないから、です。
なぜ製造業が育たなかったのか。それは、権力者やビジネスリーダー、とりわけ財閥が、不動産や資源、リゾート開発、カジノのライセンスといった「安易な産業」で簡単に稼げてしまうからだ、と田村氏は言います。政府のコネクションと巨大な資本さえあれば、目の前にぶら下がった果実、いわゆる「ローハンギング・フルーツ」を独占できる。一方、製造業は初期投資が膨大で、回収には十年単位の時間がかかり、しかも世界にはすでに日本やドイツや中国という手強い競合がいる。国家の未来には製造業が必要だと分かっていても、個々の財閥にとっては、目先の不労所得を追うほうが合理的なのだ、と。
私はここに、戦略というものの本質と、その落とし穴の両方を見ました。
当社は、戦略をこう定義しています。
戦略とは、限られた経営資源を、どこに、どのように集中させるかを定める指針である。
「戦略」は「戦いを略す」と書きます。孫子の言うとおり、最善は戦わずして勝つこと。どこで戦い、どこでは戦わないかを決めること。「何をやるか」ではなく「何をやらないか」を決めることが、戦略の真髄です。
では、財閥は「戦略的」なのでしょうか。たしかに彼らは、戦う土俵を選んでいます。しかし、選んでいるのは「今日勝てる土俵」だけです。ここに、戦略のもう一つの軸が浮かび上がります。戦略には、「どこで戦うか」だけでなく、「いつの成果のために戦うか」という時間軸が要るのです。
当社の戦略テキストで扱う「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」で考えると、構図がはっきりします。成長企業は、「金のなる木」が生むキャッシュを、まだ収益性の低い「問題児」や成長中の「花形」に再投資し、金のなる木がやがて「負け犬」に転じる前に、次の成長の芽を育てます。財閥がやっているのは、金のなる木(不動産・資源)を回し続けるだけで、問題児(製造業)に投資しないことです。花形が生まれないまま、いずれ金のなる木は枯れる。企業でも、まったく同じことが起きます。既存事業の利益を、回収に時間のかかる次の柱や人材育成に回さない会社は、構造としては同じ道の上にいます。
対談で対比された、二つの都市国家(田村氏の発言要旨)
シンガポール
金融と物流の国というイメージが強いが、実はGDPの20〜25%ほどを製造業が占め、日本並みに高い。初代首相リー・クアンユーは「国民の全員が金融や貿易の高度なホワイトカラーになれるわけではない。手を動かし汗をかく国民に良質な雇用を与えるには、製造業を国内に一定割合残さなければならない」と理解していた。
香港
製造業を捨てて金融と不動産に特化。一部のエリートは超富裕層になったが、庶民との格差は極限まで広がった。
ここから学べるのは、戦略とは「捨てる」ことであると同時に、「捨ててはいけないもの」を決めることでもある、という点です。ジョブズがApple復帰時に製品ラインを四つに絞ったのは有名な話ですが、それは「何のために」という軸があったからこそできた選択でした。何を残すかを決める軸がないまま、目先の収益だけで捨てるものを決めれば、香港のように、組織の土台を支える「中間層」を失うことになります。
これを管理職の日常に翻訳してみましょう。
当社の研修では、重要度×緊急度のマトリクスを使って、管理職が本来注力すべき領域は「重要だが緊急ではない」仕事だとお伝えしています。部下の育成、仕組みづくり、将来を見据えた顧客との関係構築。いずれも回収に時間がかかり、辛抱が要り、今期の数字にはすぐに表れません。まさに「忍耐の製造業」です。一方、今期の売上や目の前のトラブル対応は「重要かつ緊急」で、すぐに成果が見える。ローハンギング・フルーツとまでは言いませんが、目先の刈り取りです。
目先の刈り取りにすべての時間を使い、育成と仕組みに投資しない管理職は、個人としては合理的です。今期の評価はそれで上がるからです。しかし組織の長期で見れば、製造業に投資しない財閥と、構造上は同じ位置にいます。
大事なのは、ここで「管理職の意識が低い」と嘆かないことです。田村氏が言うとおり、目先を追うのは個々の主体にとって合理的なのです。当社はこれを、性弱説という人間観で捉えています。人は善でも悪でもなく、ただ弱い。放っておけば楽なほうへ流れる。だからこそ、精神論ではなく設計が要る。育成と仕組みづくりが報われるように、評価と資源配分を設計するのは、経営の仕事です。
もう一つ、戦略論の観点で付け加えておきたいことがあります。田村氏は、日本企業が「グローバルサウス」を一十把ひとからげにして「これからバラ色の未来が来る」と想定して投資するのは非常に危険だ、と警告していました。当社の環境分析の基本動作「空・雨・傘」で言えば、人口が増えている、GDP成長率が高い、という「空(事実)」から、「だから投資すべきだ」という「傘(示唆)」へ、いきなり飛んでいる状態です。抜けているのは「雨(推測)」、つまり、その事実がこの先どう展開するかの読みです。田村氏が提唱する「五つの問い」(後述します)は、まさにこの「雨」を立てるためのレンズだと私は受け取りました。「市場が伸びているから、うちも伸びる」。企業の事業計画にも、この飛躍はよく潜んでいます。
3. 「財閥×専制」の共犯構造——包摂型か、搾取型か
対談の中盤で、ノーベル経済学賞を受賞したアセモグルとロビンソンの理論が紹介されていました。政治と経済の制度が、多くの人にチャンスを開き、権力者も法に縛られる「包摂型」なのか。それとも、一部の権力者だけがパイを奪い合う「搾取型(収奪型)」なのか(Acemoglu & Robinson, 2012)。
田村氏によれば、多くの新興国は「財閥×専制政治」が両輪となって、自分たちだけを潤し、一般国民から吸い上げる搾取型の構造になっている。この構造は、新しく挑戦するスタートアップを育てません。芽が出れば、脅威になる前に財閥に買収され、吸収されるか潰されてしまう。国内に競争のなかった国策の自動車会社が世界ではまったく通用しなかった、という例も挙げられていました。
ここで佐々木氏が、実に的確な指摘をしていました。この構造は、企業の経営にも似ている。社員全員が豊かになるように経営する社長もいれば、自分の経費ばかり使って社員を搾取する人もいる、と。田村氏はこれに、企業なら嫌なら辞めて移れるが、国民はそう簡単には他の国の国民になれない、と応じています。
私はこのやりとりを、裏返して受け取りました。企業の搾取型は、国家よりもずっと速く、確実に罰を受ける、ということです。人が去るからです。田村氏は対談の別の箇所で、財閥中心の社会で息苦しさを感じた韓国や台湾の優秀な若者たちが国を出て、世界で活躍している話をしていました。国ですらそうなら、企業ではもっと速い。搾取型の組織からは、まず優秀な人から順に消えていきます。
当社の言葉で整理すれば、こうなります。
バーナードは、組織が組織であるための三要素を、共通の目的、貢献意欲、コミュニケーションだと述べました。搾取型の組織では、まず「共通の目的」が、いつのまにか一部の人間の目的にすり替わります。目的が内輪のものになれば、貢献意欲は生まれません。すると、コミュニケーションは「用事だけ」のやりとりになる。三要素が、順番に崩れていくのです。
ダニエル・キムの成功循環モデルで言えば、搾取型とは、関係の質を素通りして「成果の質」だけを直接取りに行くバッドサイクルそのものです。成果を上から締め上げるほど、やらされ感が漂い、思考の質も行動の質も下がり、結局は成果も出ない。
そして、「健全な競争があるか」という論点です。スタートアップを潰す財閥、保護されて世界に通用しなかった国策企業。企業の中にも、同じ構図はあります。異論の出ない会議。若手の提案が既存部門に潰される。社長の肝いりだから誰も反対できない事業。当社が言う「関係の質」とは、仲良しであることではありません。率直に意見を言い合っても壊れない関係のことです。挑戦や異論を「脅威」として排除する組織は、競争のない保護された企業と同じ道をたどることになります。
自社の管理職は、「忍耐の製造業」に投資できているか
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4. 「エリートも法を守っているか」——トップの自己基盤力
田村氏が挙げる「先進国になれるかどうかの条件」のうち、二つは、制度そのものではなく、トップやエリート自身の話でした。政権に鉄槌が下る法の支配のシステムがあるか。そして、最高権力者やエリートも、きちんと法を守っているか。
制度があっても、トップが守らなければ、制度は「ハリボテ」です。
対談の中で佐々木氏が触れていたのが、渋沢栄一でした。財閥を作ることもできたのに、興した会社を次々と手放し、富を独り占めしなかった。田村氏もこれを「本当に偉大だ」と受け、さらに、戦後の財閥解体と農地改革が、日本人に起業家精神を植え付け、分厚い「一億総中流」の土台を作ったと語っています。もし戦前のように財閥が経済を支配し続けていたら、トヨタやソニー、本田技研のような新しい独立系のグローバル製造業は生まれなかったかもしれない、と。
なぜ、トップやエリートは私利私欲に走ってしまうのでしょうか。私はここに、当社が管理職育成の土台に置いている「自己基盤力」の問題を見ます。
当社は、承認欲求を二つに分けて考えています。他人からの評価や比較で満たされる「他己承認欲求」と、自分が掲げた目標を達成したときの充実感を求める「自己承認欲求」です。他己承認欲求の厄介なところは、決して満たされ続けないことです。出世を重ねて社長になっても、必ず「もっと上」がある。富も同じです。富や地位や比較によって自信を保っている人にとって、新しい挑戦者は、自分の価値への脅威です。だから反射的に潰す。芽吹いたスタートアップを潰す財閥の行動は、強さの証ではなく、自己基盤の脆さのサインだと、私は読みます。当社の言葉で言えば、自分の軸から判断する「自己基盤駆動」ではなく、失うことへの恐れから判断する「恐れ駆動」に切り替わった状態です。
逆に、渋沢栄一が会社を手放せたのはなぜでしょうか。彼の軸が「自分の富」ではなく、日本に産業を興すという、自分より大きなものに置かれていたからではないでしょうか。当社は、人が未来に向かって自然に動き出す条件として、「心の底からワクワクすること」「自分らしさを発揮できること」「他者貢献の要素があること」の三つを挙げていますが、なかでも他者貢献が欠けた「ありたい姿」は、人を長く動かしません。自分の富だけを追う軸は、いずれ枯れるのです。
対談の中で、私が最も考え込んだのは、タイの富裕層の資産管理を担うプライベートバンカーの話でした。彼女はある日、突然泣き崩れたといいます。自分は金持ちをさらに金持ちにする仕事をしている。いま笑顔でコーヒーを運んでくれているこの若者たちには将来がない。それでも自分は、この仕事を続けるしかない、と。
私はこれを、「個人の良心が構造に負けた」話として片づけたくありません。彼女の良心は本物です。しかし、個人の善意だけでは搾取構造は変わらない。だからこそ「法の支配」という制度が要る。同時に、その制度を守るかどうかは、最終的にトップ一人ひとりの軸にかかっている。制度と、個人の自己基盤力。その両方が要る、というのがこの話の教訓だと思うのです。
もう一つ、対談で印象的だった歴史の話があります。産業革命がなぜイギリスで起きたのか。田村氏の答えは、当時のイギリスは「統治が下手でゆるかった」からだ、というものでした。統治がゆるかったからこそ、支配者ではない一般の人々が工夫して余剰を自分のものにできる、というインセンティブが働いた。逆に当時の中国は、技術も科学も世界最高水準にありながら、統治があまりに上手で、社会の隅々まで完璧にコントロールしていたために、民間が余剰を蓄えたり挑戦したりする余地がなかった、と。
これは、統制型のマネジメントへの、鮮やかな警告です。完璧な管理は、革新の余白を殺します。当社はマネジメントの定義を三層で捉えていますが、その第三層、「人の介し方」をこう定義しています。
人を「動かす」のではない。一人ひとりが、ありたい姿に向かって「動き出す」状態をデザインすることである。
農地改革の話も、同じ文脈で読めます。小作人制度をやめ、「自分が頑張って作った作物を、自分で売って、自分の利益にしていい」という仕組みにした。これは自己決定理論で言う「自律性」、すなわち自分の領域を自分で決められる感覚を、制度として国民に手渡したということです。管理職が部下に「任せる」とき、当社は「報告」と「承認」の線引きを事前に握り、報告と決めた領域には口出ししない、とお伝えしています。任せるとは、仕事を手放すことではなく、部下に自分の領域を手渡すことだからです。国家がやったことと、管理職がやるべきことは、スケールこそ違え、同じ営みです。
田村氏は、AIなどのテクノロジーで完璧な監視社会が作れるようになると、辺境からの革命的な動きは起こりにくくなるかもしれない、とも述べていました。企業も同じです。AIで管理の精度が上がるほど、意図して「余白」を設計しなければ、組織から新しいものは生まれなくなる。統治がゆるかったから革新が起きた、という歴史は、AI時代の管理職への警句でもあると私は思います。
5. 「白あり」は内側から土台を食う——先進国の罠と、企業の成熟期
対談の終盤は、「先進国の罠」でした。歴史上、先進国から転落した唯一の例はアルゼンチンであり、その理由は、国の制度という土台を、白ありのように内側から食い潰していったからだ、と田村氏は言います。経済危機や政策のミスは、台風や竜巻のような一時的な災害にすぎない。社会資本のストックがある先進国なら、それだけで土台まで崩壊することはない。しかし内側の白ありに土台を食われると、国は倒れる、と。
企業も同じです。一度の業績不振や、一度の不祥事という「台風」で、ストックのある会社は倒れません。倒れるのは、評価制度が形骸化し、「誰が上がり、誰が外れたか」を見て社員が「この会社で報われるのは成果や貢献ではなく、距離なのだ」と学習し、正直者が損をする構造になったときです。当社のテキストで扱う東芝やビッグモーターの事例は、外圧で倒れたのではなく、短期成果偏重の中で倫理が内側から崩れていった例でした。白ありは、いつも内側から食うのです。
田村氏は、ヨーロッパの「規制の輸出」にも触れていました。自分たちがビッグテックを作れないから、環境やプライバシーやAIの規制で、アメリカのビッグテックを引きずり下ろそうとしている、と。これにも、社内版があります。新しいものを作れなくなった部門が、ルールと承認プロセスで、新しい事業を縛る。「コンプライアンス」や「ガバナンス」という正しい言葉が、挑戦を潰す道具として使われ始めたら、それは白ありのサインです。
そして日本について、田村氏は「先進国からは転落しない」と結論づけていました。資本ストックと制度の安定性が圧倒的に分厚いからだ、と。ただし、一般の日本人が世界水準のサービスにアクセスできなくなる「内なる衰退」は始まっている、とも。ストックは厚いが、次の柱が育っていない。私にはこれが、ブランドと資産と人材は分厚いのに、次の柱を育てずにストックを食いつないでいる、多くの成熟企業の姿に重なって見えました。
対応表:国家の栄枯盛衰と、組織のマネジメント
| 対談の論点(国家) | 組織への翻訳 | 当社の理論 |
|---|---|---|
| フローで見るな、ストックを見よ。本当の姿は地方都市に | 今期の数字や見た目より、人が育つ仕組み・判断基準・信頼。本当の姿はトップの目が届かない現場に | マネジメントの目的=長期的な組織の成果の最大化(階層×時間軸) |
| 財閥は忍耐の要る製造業に投資しない | 目先の刈り取りに全時間を使い、育成・仕組み・次の柱に投資しない | 戦略=資源をどこに集中させるか/重要×不急/PPM/性弱説 |
| 財閥×専制の搾取型構造。スタートアップを潰す | 共通の目的が一部の目的にすり替わる。異論・挑戦を「脅威」として潰す | 組織の3要素/成功循環モデル/関係の質は仲良しではない |
| エリートも法を守るか。渋沢栄一 | 役員・エースにも同じルール。トップの判断の軸はどこにあるか | 自己基盤力(他己承認 vs 自己承認、恐れ駆動 vs 自己基盤駆動) |
| 統治がゆるかったから産業革命。農地改革が起業家精神を生んだ | 完璧な管理は革新を殺す。任せる=部下に自分の領域を手渡す | 第3層「動き出す状態をデザインする」/自律性(自己決定理論) |
| 白ありは内側から土台を食う | 形骸化した評価、正直者が損をする構造、ルールで挑戦を縛る部門 | 短期成果偏重=時間軸の見誤り/「トップが代わっても変えてはいけないもの」 |
6. 五つの問いを、自社に向ける
田村氏は、新興国への投資や進出を判断するとき、GDPや人口ではなく、五つの問いを立てるべきだと提唱していました。財閥が忍耐の要る製造業に長期投資しているか。政権をコントロールする法の支配があるか。スタートアップの誕生を財閥が許容し育てているか。中間層が育っているか。最高権力者やエリートも法を守っているか。そのうち少なくとも三つをクリアしている国を選ぶべきだ、と(要旨)。
私はこの五つを、そのまま自社に向けてみることをお勧めします。次の経営会議で、テーブルに載せてみてください。
問い1 投資の時間軸
目先の利益を生む事業や業務から、回収に時間のかかる投資——人材育成、仕組みづくり、次の事業の柱——に、経営資源を回しているか。それは掛け声ではなく、予算と評価項目に表れているか。
問い2 トップへの歯止め
トップの判断に異論を唱え、誤りを正せる仕組み——取締役会、率直に物を言う幹部、現場の声——が、形だけでなく機能しているか。
問い3 挑戦の許容
若手の提案や社内の新しい挑戦を、既存部門が「脅威」として潰していないか。育てる環境と、失敗しても致命傷にならないセーフティネットがあるか。
問い4 分厚いミドル
組織の土台となる中堅社員と中間管理職が育っているか。一握りのエースだけが報われる構造になっていないか。
問い5 トップも制度を守る
評価、ルール、理念を、役員やエースにも同じように適用しているか。「あの人は特別」という例外が、社員への「誰が偉いか」の宣言になっていないか。
三つに満たないなら、それは経営者個人の怠慢ではありません。多くの組織に共通する、構造上の空白です。裏を返せば、そこに手を入れられる会社は、明確な差をつけられます。
まとめ
- 先進国も組織も、フロー(今期の数字・見た目)ではなくストック(仕組み・信頼・人の厚み)で決まる。マネジメントとは、長期的な組織の成果を最大化すること
- 戦略とは、限られた経営資源をどこに集中させるかを決めること。「今日勝てる土俵」だけを選ぶのは戦略ではない。「いつの成果のために戦うか」という時間軸と、「捨ててはいけないもの」を守る軸が要る
- 搾取型の組織は、共通の目的が一部の目的にすり替わり、貢献意欲を失い、優秀な人から去っていく。関係の質とは仲良しではなく、率直に言い合っても壊れない関係
- 制度があってもトップが守らなければハリボテ。挑戦者を潰すのは強さではなく自己基盤の脆さ=恐れ駆動のサイン。制度と、個人の自己基盤力の両方が要る
- 人は放っておけばローハンギング・フルーツに流れる(性弱説)。だから精神論ではなく設計。五つの問いを自社に向ける
おわりに:先進国も、組織も、ストックでしか測れない
田村氏は対談の最後に、これからの強国の条件を、計算能力(AI)、それを回すエネルギー、そして資本の三点セットだと語っていました。日本は資本はあるが、あとの二つが課題だ、と。
これを組織に翻訳すると、私はこう読みます。計算能力、つまりAIは、どの会社でも買えます。しかし、それを回すエネルギー、すなわち人が内側から動き出す力と、資本、すなわち信頼と仕組みのストックは、買えません。当社はこれを、スマートフォンにたとえて、AIやスキルはアプリ、自己基盤力はOSだ、と説明しています。アプリは買えるが、OSは自分で鍛えるしかない。国も、組織も、同じです。
人は弱い生き物です。財閥がローハンギング・フルーツに向かうのは、彼らが特別に悪い人たちだからではなく、人間がそういうものだからです。放っておけば、楽なほうへ、目先へ、慣れたほうへ流れる。だから精神論ではなく、設計が要る。法の支配、評価、仕組み。そして、その仕組みを守るかどうかは、最終的にトップの軸にかかっている。国家に、法の支配と、渋沢栄一のような人物の両方が要ったように、組織にも、仕組みと、管理職一人ひとりの自己基盤力の両方が要るのです。
最後に、一つだけ問いを置いておきます。
あなたの組織は、「ピカピカの建物」のハリボテになっていないでしょうか。「地方都市」に、ストックは溜まっているでしょうか。
その答えは、決算説明資料や採用サイトの中にはありません。トップの目が届かない現場の、月曜日の朝の空気の中にしかないのです。
「目先の刈り取り」から「忍耐の製造業」へ。管理職の時間の使い方と判断の軸を、一緒に整えませんか
貴社の管理職が、いま何に時間と資源を投じているのかをうかがったうえで、育成と仕組みづくりが報われる評価・運用の設計と、管理職自身の自己基盤力を育てる研修をあわせてご提案します。次のような段階からご相談いただけます。
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ボタンを押すとメールソフトが立ち上がります。開かない場合は info@2econsulting.co.jp まで直接お送りください。
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本稿は、PIVOT公式チャンネルで配信された対談「なぜ大半の中進国は先進国になれないか?」(田村孝太郎氏×佐々木紀彦氏)を素材に、組織のマネジメントと戦略への示唆を筆者の視点から考察したものです。対談内の発言や数値は要旨として紹介しており、解釈の責任はすべて筆者にあります。
本稿で参照した主な理論
- 包摂型制度と収奪型制度/Acemoglu, D., & Robinson, J. A. (2012). Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty. Crown Business.(邦訳『国家はなぜ衰退するのか』早川書房)
- マネジメントの目的(長期的な組織の成果の最大化)/ピーター・F・ドラッカー
- マネジメントの定義(人を介して成果をあげる技術)/全米マネジメント協会(AMA)
- 組織の3要素(共通目的・貢献意欲・コミュニケーション)/チェスター・I・バーナード
- 組織の成功循環モデル(関係の質→思考の質→行動の質→成果の質)/ダニエル・キム
- 自己決定理論(自律性・有能感・関係性)/エドワード・L・デシ、リチャード・M・ライアン
- プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)/ボストン・コンサルティング・グループ
- 戦略の本質(戦わずして勝つ/選択と集中)/『孫子』
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