今月、男子サッカーのワールドカップが始まります。
4年に一度、世界中が熱狂するこの大会が近づいてくると、私はいつも、ある試合のことを思い出します。サッカーそのものというより、あのとき会場で感じた「空気」のことを、です。
それは2011年の女子ワールドカップ決勝。男子の大舞台を前にしたいまだからこそ、私はもう一度、あの試合が教えてくれたことを振り返ってみたいと思うのです。
なぜなら、世界の頂点を争う試合で勝敗を分けるものは、技術や戦術といった「測れる力」だけではないと、あの日、私は現地で確かに感じたからです。
そしてそれは、サッカーの話にとどまりません。私がいま、管理職育成やチームづくりの現場で日々向き合っているテーマと、そのまま地続きなのです。
2011年、私はドイツ駐在中に、フランクフルトでなでしこジャパンの女子ワールドカップ決勝を見届けました。
対戦相手はアメリカ。当時のアメリカは、女子サッカー界における圧倒的な強豪でした。
体格、スピード、パワー、経験、実績。どの要素を取っても、日本が有利とは言い難かったと思います。少なくとも大会前から「日本が優勝する」と本気で予想していた人は、決して多くなかったはずです。
しかし、あの大会のなでしこジャパンには、データだけでは説明しきれない力がありました。
それを、私は現地のスタジアムで肌で感じました。
会場の空気が、少しずつ変わっていった
決勝の舞台、フランクフルト。日本は先制され、追いつき、また突き放され、それでも諦めませんでした。
特に印象的だったのが、延長後半の終盤、澤穂希選手の同点ゴールです。
コーナーキックから、ニアに走り込んだ澤選手が、信じられないような角度でボールを合わせる。一瞬、何が起きたのかわからないようなゴールでした。
あの瞬間、スタジアムの空気が変わったように感じました。
もちろん、現地にはアメリカを応援する人も多くいました。中立の観客も多かったと思います。しかし、試合が進むにつれて、会場全体が少しずつ日本を応援する空気に変わっていったように感じたのです。
小さなチームが、大きな相手に立ち向かう。何度倒されても、何度リードされても、立ち上がる。その姿に、会場が引き込まれていく。
そして、その背景には、東日本大震災からまだ数か月しか経っていない日本の姿が重なっていました。
なでしこジャパンは、単にサッカーの試合をしていたのではありません。あのときの日本全体の願いや祈りを背負って、ピッチに立っていたように見えました。
勝利の要因は、データだけでは語りきれない
もちろん、勝利を「気持ち」だけで説明するのは危険です。
なでしこジャパンには、技術がありました。パスワークがありました。戦術がありました。個々の選手の献身性がありました。佐々木則夫監督のマネジメントもありました。
つまり、勝つための競技的な土台は確かに存在していました。
ここを曖昧にしてはいけない、と私は思っています。「気持ちで勝った」という物語は美しいけれど、技術・戦術・準備という測れる土台を軽んじた瞬間に、それはただの精神論に転落します。土台のないところに、奇跡は起きません。
しかし、それだけでは、あの決勝を最後まで耐え抜き、追いつき、PK戦で勝ち切ったことを十分には説明できないようにも思います。
そこには、データには表れにくい力がありました。
たとえば、
- 「自分たちはできる」という組織効力感。
- 「この仲間となら戦える」という信頼。
- 「日本のために」という使命感。
- 「最後まで諦めてはいけない」という集団の空気。
- そして、観客や日本中の応援が生み出す、見えない後押し。
これらは、得点数や走行距離やパス成功率のように、きれいに数値化できるものではありません。
しかし、勝負の分岐点では、確かに結果に影響を与えることがあるのではないでしょうか。
測れる土台の上に、測れない力が乗る。その両方がそろったときにだけ、チームは「不可能に見える壁」を越えていく――これが、あの決勝が私に残した最初の確信でした。
「動かす」のではなく、「動き出す」チームへ
私たち2E Consultingでは、マネジメントを次のように捉え直しています。
マネジメントの目的は、成果をあげること(ドラッカー)。その手段は、人を介して事を成すこと。そして手段のさらに手段――つまり現場でのふるまいは、人を「動かす」ことではなく、人が自ら「動き出す」状態をつくることだ、と。
ここに、私が佐々木監督のマネジメントに感じた本質があります。
延長後半、澤選手はベンチからの指示で走り込んだのではありません。ピッチの選手たちは、一つひとつのプレーを監督に「動かされて」いたのではなく、自分たちの判断で「動き出して」いた。
監督がやっていたのは、命令で人を動かすことではなく、選手が自ら動き出せる土壌を、大会を通じてつくり続けることだったように見えます。
これは、ビジネス組織でもまったく同じです。上司が一つひとつ指示を出し、部下がそれをこなすチームは、リーダーの想像を超えません。指示が届かない局面――まさに延長後半のような土壇場――で止まってしまう。
一方、メンバーが自ら動き出すチームは、リーダーの想定を超えていきます。誰に言われなくても仲間のミスをカバーし、誰に指示されなくても最後の一歩を踏み出す。あの澤選手のゴールは、「動かされた」プレーではなく、「動き出した」プレーの象徴でした。
管理職の仕事は、人を動かして消耗する“罰ゲーム”ではありません。人が動き出す土壌をつくること――そこにマネジメントの面白さの核心がある、と私たちは考えています。
「関係の質」が高まると、チームは強くなる ―― 他者影響力
組織論の文脈で考えると、なでしこジャパンの優勝は「関係の質」が高まっていくプロセスだったようにも見えます。
最初から圧倒的な優勝候補だったわけではない。しかし、試合を重ねるごとに、チームの中で信頼が深まっていく。勝利を重ねることで、「自分たちはやれる」という感覚が高まる。一人ひとりが、仲間のために走り、仲間を信じてパスを出し、仲間のミスをカバーする。
こうした関係の質の向上が、思考の質を高め、行動の質を高め、結果の質を変えていく。
2E Consultingでは、これを管理職に求められる力の一つ、他者影響力と呼んでいます。肩書きや指示命令で人を従わせる「力」ではなく、信頼と本音の対話を通じて、人の内側に火を灯す「影響力」です。
成果が出ているチームは、単に優秀な人材が集まっているだけではありません。お互いを信じられる。本音で話せる。苦しいときに支え合える。一人ひとりが「自分はこのチームの勝利に貢献できる」と信じられる。
そうした関係性があるからこそ、困難な局面でも粘ることができるのです。
「自分たちはできる」は、勝ちながら育つ ―― 自己基盤力と組織効力感
もう一つ重要なのが、組織効力感です。
組織効力感とは、簡単に言えば、「このチームならできる」という集団としての自己信頼です。
これは、掛け声だけで生まれるものではありません。
小さな成功体験を積む。困難を乗り越える。仲間の貢献を実感する。自分たちのやり方が通用すると感じる。その積み重ねによって、少しずつ育っていくものです。
2E Consultingでは、リーダー自身の「ぶれない軸」「自分はできるという確かな感覚」を自己基盤力と呼んでいます。そして、その個人の自己基盤が、チームの中で響き合い、伝播していったものが、組織効力感だと捉えています。
なでしこジャパンも、最初から「世界一になるチーム」として見られていたわけではありません。しかし、予選を勝ち上がり、強豪を破り、決勝の舞台に立つ中で、チームの中にも、日本中にも、少しずつ「もしかしたら本当にいけるのではないか」という空気が生まれていった。
その空気は、選手たちにも伝わっていたはずです。
「私たちはできる」
「この仲間ならやれる」
「日本中が信じてくれている」
その感覚が、延長後半の澤選手のゴールや、PK戦での落ち着きにつながったのではないか。私はそう感じています。
外からの圧と、内から湧く力 ―― そのバランス
ここで一つ、正直に書いておきたいことがあります。
なでしこジャパンを後押ししたものの中には、内側から湧き上がる力だけではなく、外側からの圧力もありました。震災後の日本という重い背景。「日本のために勝ってほしい」という国民の期待。世界中の注目。
こうした外発的なプレッシャーは、ときに人を縛り、押しつぶします。「期待に応えなければ」という重圧が、足を止めさせることもある。
しかし、あのチームが見事だったのは、外からの期待を、内から湧く使命感へと変換できていたことだと思います。
「期待されているから、やらなければ」ではなく、
「日本のために、自分たちがやりたい」へ。
外発を否定するのではなく、それを受け止めたうえで、内発へとつなぎ替える。私はこれこそが、強いチームと、重圧に潰れるチームを分ける分岐点だと考えています。
ビジネスの現場でも同じです。ノルマ、評価、締め切りといった外発的な動機づけは、組織運営に必要です。それを「綺麗ごと」で否定するつもりはありません。しかし、外発だけで人を動かし続ければ、人は疲弊し、いずれ動かなくなる。外からの要請を、一人ひとりの「自分はこれをやりたい」という内発へとつなぎ替えられるかどうか。そこにこそ、マネジメントの腕の見せどころがあります。
データにならない力を、軽視してはいけない
現代のビジネスでは、データが非常に重視されます。それは当然です。
売上、利益、KPI、エンゲージメントスコア、離職率、生産性。見えるものを測り、改善することは、組織運営において欠かせません。
しかし、測れないものが重要でないわけではありません。
むしろ、本当に組織の底力を決めるものは、簡単には測れないことが多い。
信頼。一体感。使命感。誇り。心理的安全性。関係の質。組織効力感。「自分たちはできる」という空気。
これらは、数字だけを見ていてもつかみきれません。
ここで誤解してほしくないのは、「だから数字は意味がない」という話ではない、ということです。測れる力(技術・戦術・KPI)と、測れない力(信頼・使命感・効力感)は、対立するものではありません。測れる土台があるからこそ、測れない力が活きる。測れない力があるからこそ、測れる力が最後まで発揮される。
困難な局面に立たされたとき、最後の一歩を踏み出せるかどうかを分けるのは、こうしたデータにならない力なのだと思います。
なでしこジャパンが教えてくれたこと
2011年のなでしこジャパンの優勝は、単なるスポーツの快挙ではありませんでした。
それは、困難の中にある日本にとって、「それでも立ち上がれる」「小さくても、大きな相手に勝てる」「信じ続ければ、道は開ける」というメッセージでもありました。
そして、組織づくりの観点から見れば、あの優勝は、チームの力とは何かを考えさせてくれる象徴的な出来事でした。
強いチームとは、単に能力の高い個人の集まりではありません。
この三つの力がそろい、そしてリーダーが「人を動かす」のではなく「人が動き出す」土壌をつくったとき、チームは自分たちの可能性を信じ切れるようになる。
データで測れる力も大切です。しかし、データにならない力もまた、組織を動かし、成果を変えます。
フランクフルトのスタジアムで感じたあの空気。澤選手の同点ゴールの瞬間に、会場全体が日本を後押ししたように感じたあの感覚。
あれは、単なる思い出ではありません。
組織には、数字には表れないエネルギーがある。そしてそのエネルギーは、ときに不可能に見える壁を越えさせる。
私たち2E Consultingが、管理職育成やチームづくりの現場でいつも向き合っているのも、まさにこの「データには表れない力」をどう育てるか、という問いです。
そして今月、男子のワールドカップが始まります。そこでもきっと、データだけでは説明できないドラマが生まれるはずです。その一つひとつのプレーの背景に、「動き出すチーム」と「動かされるチーム」の違いを重ねながら、私はまた、あのフランクフルトの夜を思い出すのだと思います。
なでしこジャパンの優勝は、その問いの原点を、私に教えてくれた出来事でした。
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