部下への指示は「論点設定」から始まる
管理職研修・マネジメント研修コラム|全7回シリーズ
前回のコラムで、「論理的コミュニケーション力」は5つの力で構成されることをお伝えしました。その第1が「とらえる力」です。今回は、この力が管理職の指示出しにおいて、いかに重要であるかについて、掘り下げていきたいと思います。
結論から申し上げると、管理職が出す指示の質の80%は、この「論点設定」の段階で決まります。正しい論点が設定されれば、部下たちは正しい方向に進みます。一方、論点が曖昧であったり、間違っていたりすれば、どれだけ優秀な部下であっても、期待と異なるアウトプットが生まれてしまうのです。
論点とは「答えるべき問い」
では、「論点」とは正確には何でしょうか。それは「答えるべき問い」です。シンプルですが、これを正確に理解していない管理職が、実は非常に多いのです。
管理職が部下に「市場調査をしておいて」と指示したとします。一見、これは明確な指示に見えるかもしれません。しかし実は、ここには論点がありません。論点とは「何を答えるべきか」という問いです。「市場調査」というのは、タスクの名前にすぎず、「答えるべき問い」ではないのです。
「市場調査」には、様々な問いが隠れています。「市場規模はいくらか」「市場の成長率はどの程度か」「主要プレイヤーは誰か」「消費者ニーズはどこにあるか」「参入障壁は何か」など、実に多くの問いが考えられます。管理職の頭の中では「このうちのこれとこれを知りたい」という想定があるかもしれません。しかし、その想定を部下に伝えなければ、部下たちは全部調べるのか、それとも一部でいいのか、迷ってしまいます。
論点が曖昧なまま指示を出すことは、部下に対して「手探りで仕事をしろ」と言っているようなものです。
ある製造業の営業部長から聞いた例があります。その部長は、営業チームに「競合他社の営業活動を調べておいて」と指示しました。営業チームは、競合各社のホームページを見たり、営業担当者から聞いた話をまとめたりして、資料を作成しました。しかし部長が求めていたのは、実は「競合他社の提案手法」であり、営業チームが集めた「営業活動全般の情報」ではありませんでした。
これは悲劇的な結果を生みます。営業チームは「調査しろ」と言われたことをやったのに、「これじゃない」と言われる。部長は「ちゃんと説明したのに、なぜわからないのか」と感じる。こういった齟齬が生まれると、信頼関係が損なわれ、組織の雰囲気は一気に悪くなるのです。
論点設定の2つのポイント:5W1Hと責任範囲
では、どのようにして正しい論点を設定すればよいのでしょうか。弊社が多くのクライアント企業で実践している方法論として、2つのポイントがあります。
第1のポイントは「5W1Hで具体的に設定する」ことです。5W1Hとは、「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(誰が)」「What(何を)」「Why(なぜ)」「How(どのように)」という6つの視点です。これを、指示の中に明示的に組み込むことで、論点が格段に明確になります。
先ほどの「市場調査」の例で考えてみましょう。単に「市場調査をしておいて」ではなく、以下のように指示を出すことです。
5W1Hを活用した指示例
「来月末までに(When)、日本国内(Where)の営業企画チームと営業第1チーム向けに(Who)、スマートフォン向けのビジネスアプリ市場の規模と成長率、および主要プレイヤーの営業戦略を調査してほしい(What)。理由は、新製品企画の市場性判断に使うため(Why)です。資料の形式はパワーポイント15枚程度で、グラフと表で示してください(How)。」
単に「調査しておいて」の一言と比べると、指示の明確さが全く違います。部下たちは、今や「何を」「いつまでに」「誰向けに」「なぜ」「どの形式で」すべき仕事かが明確に理解できます。不要な範囲の調査をする無駄が減り、限られた時間をより効果的に使うことができるのです。

第2のポイントは「相手の関心と自分の責任の重なりで論点を定める」ことです。これは、より高度なテクニックですが、非常に重要です。
部下の立場を考えた論点設定
管理職が論点を設定するとき、つい自分の視点だけになってしまうことがあります。「自分が知りたいことを知らせればいい」という単純な発想です。しかし、これは部下にとって、時として過度な負担になります。
例えば、新入社員に対して経営幹部が持つのと同じ視点で情報を求めるのは、不公正です。新入社員が理解できる範囲、その職位で責任を持つ範囲を考慮した論点設定が必要なのです。
「相手の関心と自分の責任の重なりで論点を定める」とは、以下のような観点を指します。第1に「相手の関心」です。部下が関心を持ち、理解できる範囲はどこか。第2に「自分の責任」です。管理職である自分が、その結果に対して責任を持つのはどの範囲か。この2つの重なりの中に、論点を設定するのです。
部下の立場を考慮した論点設定の例
営業課長が営業事務のスタッフに対する指示:
「あんまり細かいことは考えずに」という放任的な指示ではなく、「君は事務の視点から、顧客の契約情報がどう整理されていると、営業の効率が上がると思う?」という、部下の視点を尊重しながら、同時に「最終的には、営業チーム全体のパフォーマンスを高めることが目標」という責任範囲を明確にする。
この設定により、スタッフは自分たちの提案が「単なる事務作業の効率化」ではなく、「営業チーム全体への貢献」という大きな文脈で評価されることを理解できます。同時に、課長としても「事務スタッフに過度な責任を求めるのではなく、事務の視点からの改善提案」という、妥当な範囲での期待を示していることになります。
論点が曖昧なことの隠れたコスト
管理職の中には「曖昧な指示を出すことで、部下の工夫や創意工夫を引き出す」という考え方を持つ人がいます。一面では、そうした側面もあるでしょう。しかし、大多数の場合、曖昧さは部下を困惑させ、結果として組織全体の生産性を落とします。
曖昧な論点がもたらす隠れたコストは、実は非常に大きいのです。第1に「時間コスト」です。部下たちが試行錯誤に費やす時間が増え、同じ成果を出すのに必要な時間が伸びます。第2に「モチベーションコスト」です。「何をしたらいいかわからない」という状態では、部下たちのモチベーションは下がります。第3に「品質コスト」です。正確な論点なしには、成果物の質は落ちる傾向があります。修正や作り直しの工数が増え、余計に時間がかかってしまうのです。
実は、「曖昧な指示で工夫を促す」という考え方が成立するのは、極めて限定的な場合だけです。それは、部下が十分な経験を持ち、業務の背景を深く理解している場合か、あるいは、創造性を最大限発揮することが直接的に成果に繋がる、特殊な業務の場合です。それ以外の大多数の場合、論点を明確にすることが、結果として部下の工夫の幅を広げるのです。
論点を「繰り返す」という技術
論点設定の重要性を理解した管理職の中には、適切な論点を最初に設定しようとする人がいます。しかし、一度の説明で完全に部下に伝わることは、実は稀です。では、どのようにして、論点の理解を深めるべきでしょうか。
その答えは「繰り返す」ことです。指示を出した直後に「今の説明で、つまり君たちがやるべきことはどんなことだと思う?」と、部下に論点を言い直させる。その際、部下の理解に不足や誤解がないか確認する。この確認作業を丁寧に行うことで、論点に対する理解の深さが全く違ってくるのです。
このプロセスは、時間がかかるように見えるかもしれません。しかし実際には、この時点での丁寧な確認が、後のプロセスで生じる無駄を圧倒的に減らします。部下たちが「間違った理解」のまま仕事を進めるのを防ぎ、結果として、全体の効率が高まるのです。
「時間がもったいない」と感じるかもしれませんが、実は最大の時間投資です。
最初の5分の丁寧な確認が、後のプロセスで何倍もの効率改善をもたらすのです。
論点設定が組織全体のアウトプットに与える影響
個別の指示における論点設定の重要性は、ここまでで明らかにしました。しかし、その影響はそれにとどまりません。管理職が論点設定の力を磨くことで、組織全体のアウトプットの質が向上するのです。
なぜか。それは、部下たちの「理解の質」が高まるからです。理解の質が高い部下たちは、指示された内容の背景や目的を理解した上で仕事を進めます。だから、予期しない問題が発生したときにも、自分たちで判断し、対応できるようになります。さらに、その過程で新たな改善案や工夫を思いつくようにもなるのです。
一方、論点が曖昧なままの部下たちは、常に「この判断でいいのか」と迷いながら仕事をしています。予期しない問題が発生すると、すぐに上司に相談しなければなりません。指示された以上のことは考えず、「言われたことだけ」をこなします。結果として、チーム全体のパフォーマンスが下がるのです。
つまり「論点設定」という、一見小さなスキルは、実はチーム全体の生産性と品質を左右する、極めて重要な力なのです。管理職は、この力を意識的に磨く必要があります。
実践のステップ
では、実際に「とらえる力」を磨くためには、何をすればいいでしょうか。以下の3つのステップをお勧めします。
第1ステップは「5W1Hチェック」です。次に部下に指示を出すときは、必ず5W1Hの全てが含まれているか確認してみてください。抜けているものがあれば、それを明示的に加えるのです。これだけで、指示の明確さが格段に高まります。
第2ステップは「部下の立場での確認」です。指示を出す前に、その指示が「部下の関心と自分の責任の重なり」に適正に設定されているか、自問自答してみてください。「これは部下に対して、過度な責任を求めていないか」「それとも、逆に、期待が低すぎないか」を確認するのです。
第3ステップは「繰り返しの確認」です。指示を出した直後に、部下に「つまり、具体的には何をすればいいと思う?」と確認させる癖をつけてください。この習慣が、組織全体の理解の質を高めるのです。
これら3つのステップは、最初のうちは時間がかかるように感じるかもしれません。しかし、習慣化すると、自動的に実行されるようになります。そして、その時点で、あなたの部下たちは「優秀に見える」に違いないのです。

管理職研修の現場でも、受講者が最も多く「はっとする」のが、この論点設定の甘さです。
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