管理職研修を企画するとき、多くの人事担当者がつまずくのは「何を学ばせるか」ではありません。
「来期、管理職研修をやることになりました。企画書、お願いします」——そう言われて、パソコンの前で手が止まる。
研修会社のパンフレットを並べ、カリキュラム案を見比べ、それらしい資料を作る。ところが上長に見せると、返ってくるのは決まってこの一言です。「で、これをやると何が変わるの?」
答えに詰まる。作り直す。また同じ質問をされる——。この往復は、資料の作り込みが足りないから起きているのではありません。書き始める順番が逆だから起きています。
このような状況の方へ
- 研修企画を任されたが、何から書けばよいか分からない
- カリキュラム案は集まったが、企画書の形にできない
- 「それをやると何が変わるの」に答えられない
- 去年の企画書を流用していて、毎年同じ内容になっている
POINT ── この記事の結論
管理職研修の企画書は、研修内容からではなく「課題」から書くと通ります。そして課題は、思いつきで決めるものではありません。次の順で導きます。
あるべき姿と現状の差から問題をとらえ、その原因を見極め、将来のありたい姿を定めて、そこから課題を導く。研修内容は、その結果として最後に決まります。
この記事を読むとできること
- 上長から「何が変わるの」と聞かれにくい企画書を作れる
- 研修会社の提案を、自社の課題に照らして比較できる
- 企画書から効果測定・稟議書まで、一貫して設計できる
記入例つきのテンプレートと、コピーして使える空欄フォーマットも用意しました。そのまま自社の形式に落とし込んでお使いいただけます。
まず整理:企画書と稟議書は別の文書です
混同されがちですが、この2つは役割が違います。分けておかないと、どちらも中途半端になります。
| 企画書 | 稟議書 | |
|---|---|---|
| 役割 | 設計図。何を解き、何をするか | 決裁申請。いくらかかり、なぜ出すのか |
| 中心の問い | 「何を解くのか」 | 「なぜこの費用を出すのか」 |
| 作る順序 | 先に作る | 企画書をもとに、あとで作る |
企画書が固まっていれば、稟議書はその要素に金額とリスクを足すだけで書けます。逆に企画書が曖昧なまま稟議に進むと、費用の妥当性を説明する土台がないため、必ず差し戻されます。
本記事は企画書を扱います。決裁を通す書き方は 管理職研修の稟議書の書き方|経営を通す7項目とそのまま使える例文 をご覧ください。
企画書が迷子になる理由|「研修内容」から書き始める罠
企画を任されて最初にやることは、たいてい情報収集です。研修会社の資料を取り寄せ、他社事例を調べ、カリキュラムの型を集める。これ自体は悪くありません。問題は、集めた選択肢の中から選ぼうとしてしまうことです。
選択肢から選ぶと、企画書はこうなります。「リーダーシップ研修を1日、コーチング研修を半日、年2回実施する」。内容は書かれているのに、読んだ人は「なぜそれなのか」が分かりません。だから「で、何が変わるの」と聞かれます。
通らない順序
研修メニューを選ぶ
↓
目的を後づけする
↓
アンケートを考える
読み手:「それで何が変わるの?」
通る順序
あるべき姿 → 現状 → 問題 → 原因
↓
ありたい姿 → 課題
↓
目標 → 研修内容 → 効果測定
読み手:「たしかに、それは必要だね」
順序を変えるだけで、同じ研修内容でも企画書の説得力はまったく変わります。研修内容は企画の出発点ではなく、課題設定の結果として導かれるものです。
では、その「あるべき姿」「問題」「ありたい姿」「課題」をどう順に定めるのか。ここからが本題です。
STEP1 あるべき姿と現状の差から「問題」をとらえる
企画の出発点は、研修内容でも、いま起きている困りごとでもありません。「あるべき姿」です。
あるべき姿とは ── 求められる〈Must〉
組織や役割として、本来満たしておくべき最低ライン。役割・制度・経営方針などから「こうあるべき」と上から求められる基準(Must)です。ここに、自分たちがこうしたいという意志(Will)はまだ入っていません。
例:管理職が、部下に期待する役割を明確に伝えている。
問題とは
あるべき姿と、現状との差。現状があるべき姿を下回っているとき、そこには過去から現在までに生じた何らかの原因があります。
ここが最初の分かれ道です。多くの企画書は「困っていること」を並べるところから始まります。しかし困りごとをそのまま書くと、「離職を減らす研修」のような漠然とした企画になります。
そうではなく、まず「本来どうあるべきか」を一文で置く。そのうえで現状を事実で並べ、その差として問題を記述します。この順で書くと、問題が「誰かの主観」ではなく「基準からのズレ」として示せます。
問題を把握するときは、次の4点を整理してください。
- あるべき姿(本来どうあるべきか)
- 現状(いまどうなっているか。事実で)
- その差(=問題)
- 差を生んだ原因(なぜその差が生まれたか)
4の原因が抜けると、企画は的を外します。原因が「伝え方を知らない」なら研修が効きますが、「伝える時間がない」なら研修では動きません。原因の見極めが、次のSTEP3につながります。
STEP2 ありたい姿から「課題」を定める
問題と原因が見えたら、次は「ありたい姿」を設定します。ここで、問題への対処とは別の思考が必要になります。
ありたい姿とは ── 自分たちの〈Will〉
あるべき姿(Must)を満たした、その先に、組織が主体的に掲げる未来です。あるべき姿が「上から求められる最低ライン」なのに対し、ありたい姿は「自分たちがこうありたいと選んで掲げる(Will)」もの。あるべき姿の代わりではなく、その上に積み上がるものだと捉えてください。
例:管理職が、指示や助言だけでなく、部下自身の考えを引き出せている。
課題とは
ありたい姿と、現状との差。ありたい姿を設定して初めて、「これから何に取り組むべきか」が課題として見えてきます。
あるべき姿(Must)と、ありたい姿(Will)の関係
あるべき姿の先に、自分たちで掲げる未来
上から求められる、満たすべき最低ライン
問題を解消すると、届くのは〈あるべき姿〉まで。しかしそこはスタートラインです。その先の〈ありたい姿〉へ向かう取り組みが、課題にあたります。
ここが、この記事で最もお伝えしたい点です。問題の原因を取り除くだけでは、ありたい姿には届きません。
期初面談の形骸化という問題を解消しても、それは「あるべき姿(Must)に戻る」だけです。「管理職が部下の考えを引き出せている」というありたい姿(Will)は、マイナスをゼロに戻すのとは別の、ゼロからプラスへの働きかけを必要とします。問題への対処と、課題への取り組みは、別の設計なのです。
問題と課題の違いを整理する
| 基準点 | 時間軸 | 問い | |
|---|---|---|---|
| 問題 | あるべき姿(Must) | 過去 → 現在 | なぜ本来の状態を下回っているのか |
| 課題 | ありたい姿(Will) | 現在 → 未来 | これから何を実現する必要があるのか |
「問題は見つけるもの、課題は決めるもの」と言われることがあります。これは間違いではありませんが、正確には——問題はあるべき姿を基準に現状との差として明らかになり、課題はありたい姿を設定して初めて定まる、ということです。
一つの例で通してみる
「若手の離職が続いている」という状況を、この枠組みで整理してみます。「若手の離職=問題」と単純に書かないところがポイントです。
離職という現象から出発せず、あるべき姿から出発し、自分たちのWillを乗せた「ありたい姿」を定めることで、研修が働きかけるべき一点(期待役割の言語化と継続対話)が定まりました。「離職を減らす研修」より、はるかに設計しやすいはずです。
STEP3 研修で動かせる課題かを見極める
課題が定まっても、そのすべてを研修で解けるわけではありません。ここを見誤ると、研修は「やったのに変わらない」で終わります。次の4つで絞り込みます。
- その差は、知識・スキル・認識・行動の変化で動くものか
- 誰の、どの行動が変われば、ありたい姿に近づくか
- 制度・業務量・権限・評価・人員配置など、研修外の要因は何か
- 今期、優先的に取り組むべき課題か
とくに3つ目が重要です。研修で解けない要因を切り分けておくと、企画の精度が上がります。目安として、原因のタイプごとに研修の有効性は次のように分かれます。
| 差を生んでいる主因 | 研修の有効性 |
|---|---|
| 知識不足 | 有効 |
| スキル不足 | 有効 |
| 認識・価値観のずれ | 条件付きで有効(自己基盤への働きかけが要る) |
| 業務量過多 | 原則、研修では解決しない |
| 権限不足 | 役割・組織設計が先 |
| 評価制度の不整合 | 制度見直しが先 |
| 上司・職場が実践を阻害 | 上司・職場への働きかけが必要 |
企画書に「今回の研修では扱わない範囲」を明記できると、むしろ信頼されます。課題を切り分けられている証拠になるからです。研修で扱わない部分は、人事制度や組織設計側の検討に回す、と一文添えておきます。
課題を見極める材料が手元にない場合は、既存のデータから始めてください。エンゲージメントサーベイの設問、離職者の面談記録、管理職からの相談内容。新しい調査をしなくても、たいていの組織には材料があります。
STEP4 目的と目標を分ける
企画書で混ざりやすいのが、目的と目標です。
目的(Why)=なぜやるのか。方向を示すもの。数字にならなくてよい。
目標(What)=どこまで到達するか。達成したかどうかが判定できる状態で書く。
「マネジメント力を向上させる」は目的にはなりますが、目標にはなりません。判定できないからです。目標は、次の3つの層に分けて書くと、研修と成果のつながりが見えます。
| 層 | 測るもの | 例 |
|---|---|---|
| 学習目標 | 理解・習得 | 期待役割を伝える面談の手順を説明できる |
| 行動目標 | 現場での行動 | 研修3か月後、対象者の8割が月2回以上の1on1を実施 |
| 組織成果 | チーム・組織の状態 | 部下側サーベイの期待理解度が10ポイント上昇 |
3つを分けておくと、効果測定の設計が自動的に決まります。測り方が思いつかない目標は、まだ目標になっていません。
ひとつ注意があります。離職率や業績は、研修以外の要因にも大きく左右されます。組織成果として並べるのは構いませんが、研修だけの直接成果と断定しすぎないほうが、報告の信頼性は保てます。目標の立て方は 目標設定フレームワーク6選、重点の見極めは 4Wマトリクスで重点領域を見極める をあわせてご覧ください。
STEP5 6つのブロックで企画書にする
ここまでの流れを、企画書の形にします。順番どおりに書けば、読み手が自然に納得できる構成になります。
企画書を組み立てる思考の流れ
これを、企画書の6ブロックに落とします。
| # | ブロック | 書くこと |
|---|---|---|
| 1 | 現状と課題 | あるべき姿/現状/問題/原因/ありたい姿/課題/扱う範囲/扱わない範囲 |
| 2 | 目的 | なぜやるのか。経営方針・人事戦略との接続を一文 |
| 3 | 目標 | 学習・行動・組織成果の3層で。判定できる形に |
| 4 | 対象と規模 | 誰を、何名、なぜその層か。選定理由を必ず |
| 5 | 内容と進め方 | テーマ、回数、形式、時期。研修後のフォローまで |
| 6 | 効果測定と振り返り | 何を・いつ・どう測るか。研修前の測定を必ず |
抜けやすいのは4の選定理由と6の研修前測定です。「昇格1年目は役割転換のつまずきが最も起きやすいため」と一文添えるだけで、企画の解像度が上がります。そして研修前に測っていないものは、あとから「変わった」と言えません(効果測定の詳細はこちら)。
記入例つきテンプレート
6ブロックを実際の文面に落としたものです。とくにブロック1は、STEP1〜2の流れをそのまま書き込みます。
※以下の数値・固有名詞は、書き方をお示しする記入サンプルです。実際には自社の実数に置き換えてください。
コピーして使える空欄フォーマット(ブロック1)
ブロック1は企画の心臓部です。まずここだけでも、次の空欄を埋めてみてください。
【あるべき姿】 ・ 【現状・事実】 ・ ・ 【問題】(あるべき姿との差) ・ 【原因仮説】 ・ ・ 【ありたい姿】 ・ 【課題】(ありたい姿との差) ・ 【今回の研修で扱う範囲】 ・ 【今回の研修では扱わない範囲】 ・
「何を解くべきか」の整理から、ご一緒します
上の空欄フォーマットを前に手が止まるとき、多くの場合つまずいているのは文章力ではなく、あるべき姿と課題の切り分けです。現状をうかがい、研修で扱うべき範囲と扱うべきでない範囲を分けるところからご相談いただけます。
企画書から稟議書へ|引き継ぎ方
企画書が固まったら、決裁に進みます。新たに書き起こす必要はありません。企画書の要素を並べ替え、金額とリスクを足すだけです。
| 企画書の要素 | 稟議書での使い方 |
|---|---|
| 課題・目的・目標 | 背景・期待効果へ |
| 対象・規模 | 費用算出の根拠へ |
| 内容 | 実施概要へ(要約) |
| 効果測定 | 投資妥当性の説明へ |
| 稟議書で足すもの | 費用の内訳/実施しない場合のリスク(放置コスト) |
書き方と例文は 管理職研修の稟議書の書き方 にまとめています。
企画書でよくある5つの失敗
1. 去年の企画書を流用する
課題が更新されないまま研修だけが繰り返され、つながりのない「寄せ集め」になります(体系化の方法)。
2. 対象を広げすぎる
「全管理職」は公平に見えて、誰にも刺さりません。新任には型、既任には問い直しと、必要なものが違います。絞るほど内容は鋭くなります。
3. 研修当日で企画が終わっている
実施日までは細かいのに、翌日以降が白紙。これがやりっぱなしの温床です。フォローを1つ書き込んでおきます。
4. 効果測定を満足度だけにする
何を聞くか決まっていないアンケートは、満足度を集めて終わります。測る項目と時点まで企画書に書きます。
5. 研修会社を先に決める
課題が定まる前に会社を決めると、その会社の得意分野に企画が引きずられます。順序は「課題→目標→内容→会社」です(会社の選び方)。
企画書セルフチェック
- あるべき姿が書かれている
- 現状が、事実で書かれている
- 問題が、あるべき姿と現状の差として整理されている
- 原因仮説が書かれている
- ありたい姿が書かれている
- 課題が、ありたい姿と現状の差として書かれている
- 課題が、主語と行動のレベルまで具体化されている
- 研修で扱う範囲と扱わない範囲が分かれている
- 目的と目標が分かれている
- 目標が判定できる形になっている
- 対象の選定理由がある
- 研修後のフォローが含まれている
- 研修前のベースライン測定がある
多く当てはまるほど、企画書の基本構造は整っています。とくに「あるべき姿」「問題」「ありたい姿」「課題」「目標」が曖昧なら、研修内容を考える前に、この5点を見直してください。
よくある質問
Q. 企画書はWordとPowerPointのどちらで作るべきですか?
読み手と場に合わせてください。会議で投影しながら合意形成するならPowerPoint、回覧や添付で精読してもらうならWordが向きます。迷う場合はWordで論理を固め、必要に応じて要約版をPowerPointにする順が確実です。
Q. 企画書は何ページ程度が適切ですか?
A4で1〜3ページが目安です。6ブロックが埋まっていれば1ページでも通ります。長さより、あるべき姿から課題への論理がつながっているかが重要です。詳細なカリキュラムは別紙に。
Q. 予算が決まっていない段階でも書けますか?
書けます。むしろ企画書が先です。課題と目標が定まれば必要な規模が見え、そこから予算感が出ます。金額の議論は稟議の段階で構いません。
Q. 研修会社の提案書を、そのまま企画書として使えますか?
提案を土台にするのは有効ですが、ブロック1(あるべき姿・問題・課題)は自社で決めることをおすすめします。ここを外部に委ねると、その会社の得意分野に企画が寄っていきます。
Q. 既存研修を見直す場合も、あるべき姿から考えるべきですか?
はい。継続研修ほど「去年やったから今年も」で目的が抜けがちです。一度あるべき姿に立ち返ると、続けるべき部分と、変えるべき部分が分かれます。
まとめ
- 企画書は研修内容から書き始めない。内容は課題設定の結果
- 問題は、あるべき姿と現状の差としてとらえる(+原因の見極め)
- 課題は、ありたい姿を設定して初めて明らかになる
- 課題のうち、研修で動かせるものだけを選ぶ
- 目的・目標・内容・効果測定を、一貫させる
「で、これをやると何が変わるの?」——この問いに、企画書の1ページ目で答えられていること。それが、通る企画書の条件です。
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